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第四話 閉ざされた迷宮で

「……あれ? 俺は、何をして……た?」


 血塗れの腕が見えた。

 知らない場所に立っている。

 崩れた柱、砕けた石畳、燃え上がる魔力の残滓。

 気づけば、魔獣は跡形もなく消し飛んでいた。


「やったのか……俺が?」


 喉が乾いていた。背筋が寒くなる。


 自分が“何をしたのか”を、正確に思い出せない。


 あの時、どんな動きだった?

 どういう力で倒した?


 いや、それよりも――。


「……もし、この場に、仲間がいたら……?」


 想像しただけで背筋が凍った。

 この力を、あのまま振るっていたら。

 怒りのままに暴れ続けていたら――

 俺は、誰かを殺していたかもしれない。


 目を閉じた。

 深呼吸。

 酸素が足りない。


 だが、ようやく冷静さが戻り始めていた。

 思考が回りだす。


「……なるほどな」


 これはただの力じゃない。

 《憤怒》とは、怒りの感情に応じて力を与える代償に、“その怒りに支配される”スキルだ。


 強さと引き換えに、俺は自分自身を手放しかけた。


「危ねぇな……だが」


 それでも、手に入れた意味は大きい。

 これほどの力があれば、ガルヴァンたちに届く。

 いや、超えられる。


 だが同時に、この力の扱いを誤れば――


 ……俺は俺じゃなくなる。


 それが、今の最もリアルな恐怖だった。


 祭壇の側に戻ると、黒剣はすでに赤い光を失い、ただ静かに突き立っていた。


 “力”は得た。

 代償も、理解した。


 なら次にすべきは――


「……上へ戻る方法を探すか」


 地下の深層は静かだった。

 だがその静寂の奥底に、ルクスの決意がしっかりと根を下ろしていた。


 ここから這い上がってやる……一歩ずつでも。

 あいつらの背中を追いかけるんじゃない、俺が……踏み躙る。


 様々な想いを秘めながら、原初の怒りが動き出した。




 静けさが重くのしかかって来る。


 頭上には果てしない暗闇、足元には苔むした石畳。

 立ち込める空気は重く湿って、時間の感覚すら曖昧にさせる。

 ここがどれだけ深く閉ざされた領域なのか、肌で思い知らされる。


 俺は今王都地下迷宮第五階層の更に下、構造図どころかどんな文書にも残されていない深層の迷宮にいる。


 《憤怒》の暴走は収まり、体調も少しずつ回復してきた。

 ただ、全身の筋肉はまだ重く、細かい震えも残っている。


 あのスキルは……一歩間違えれば、本当に自分を壊していたな。


 拳を握る。

 血の気の引いた手が、ぎし、と軋む音を立てた。

 けれども、この力を手放す気にはなれない。


 俺には、やらなければいけない事がある。


 裏切った仲間達……。

 それらの名前を思い浮かべるだけで、胸の奥に炎が灯る。

 怒りは冷えていない。

 形を変えて、静かに燃え続けている。


 だが、今はそれを使う時では無い。

 まずは、ここから生きて出る。

 それが最優先だ。


 祭壇の奥にあった通路へと進む。

 この階層は、明らかに造りが異常だった。


 壁の装飾、石柱の配置、魔力の流れ。

 どれを取っても設計されている気配が強い。

 自然発生した迷宮とは明らかに異質。

 誰か、あるいは何かが意図して造った場所。


 まるで、俺がここに来るのを待っていたみたいだ。

 そんな考えが、脳裏をよぎる。

 そしてその予感は、すぐに現実となった。


 通路の先に、中部屋があった。

 その中央に人影が立っていた。


 痩身で長髪の男。

 全身に奇妙な模様が刻まれた薄布のような装束を纏っており、一本の剣を携えていた。

 魔物や魔族ではない。

 だが、決して普通の人間でもない。


 俺の気配に気付くと、男はゆっくりと顔を上げた。


「……来たか。原初に選ばれし者よ」


「……何者だ、お前」


 咄嗟に黒剣を構える。

 反応は自然だった。

 体が、スキルがこの男を敵と認識している。


 だが男は、微笑みを浮かべながら首を振った。


「俺は君を試す者。名乗る名は無い。ただ、ここで幾千もの時を過ごしてきた者だ」


「試す……?」


「君が手にしたものは、《原初スキル》の一つ――“憤怒”の力だ。だが、それは始まりに過ぎない。原初とは七つの罪。そして、それぞれが相対する存在を生む」


 言葉の意味がすぐには掴めなかった。

 だが、その瞳に宿る光。

 その敵意が本気であることだけは、はっきりと理解できた。


「俺がここで何を見つけたか、お前がどこまで知っているのかはどうでも良い。だが……お前がこの力に関わるならば、容赦はしない」


 そう言った瞬間、男の足元が弾けた。

 踏み込み。

 空気を裂いて飛び込んでくる。


 速いな……!


 そんな思考が追いつくより先に、斬撃が俺を襲った。


 ギリギリで防御に転じる。

 黒剣が火花を散らし、衝撃が腕を痺れさせる。

 想像以上の力だ。

 魔獣よりも遥かに鋭く、洗練されている。


「君が憤怒に呑まれたままなら、その時点で終わりだった。……だが、冷静さを取り戻した。そしてプロトタイプに打ち勝った」


 男の目が、どこか愉しげに細められた。


「――だからこそ、君には“次”へと進む資格がある」


 再び襲い来る斬撃。

 だが、さっきよりもほんの少し緩い。

 試すような一撃。


 ……なるほど。

 これは試練だ。


 剣を振るい、目を据える。


 ならば、受けて立とう。

 この先に進むために。

 自分の力を理解するために。


 ――そして、復讐を遂げるその日のために。


 金属がぶつかる音が、狭い空間に響いた。


 斬って、弾いて、受けて、躱して。

 互いに一歩も譲らぬ応酬が、何十合も続いていた。


 “試す者”と名乗ったその男は、異常だった。

 一度の踏み込みに三重の意図が含まれている。

 剣圧に潜む揺らぎは罠、目の動き一つでフェイントが走る。


 今まで相手して来た魔獣らとはまるで違う。

 ……これは、死ぬかもしれない殺し合いだ。


 生きるために、死を乗り越えるために、剣を振るう。

 それがこの男にとっての会話なのだろう。


 だが、俺はそれを拒否するつもりはなかった。


 試されてるならば、応えてやる。

 俺が“選ばれし者”であると、証明する。


 再び剣が火花を散らす。

 振り抜いた黒剣に乗せた魔力が唸りを上げる。

 だが男は苦もなく受け流す。


「良い剣筋だ。だが、怒りだけでは届かぬぞ」


 静かに言いながら、男は今度は左手を振った。

 その掌から奔ったのは、鋭い風。

 いや、圧縮された斬撃だった。


「ッ!」


 避けきれない。

 ならば――


「喰らえよ!」


 俺は《憤怒》を呼び起こした。

 感情が爆ぜる。

 血液が熱を帯び、筋肉が膨張し、視界が赤黒く染まる。


 次の瞬間、風刃を受け止めた。

 手甲が砕け、皮膚が裂けても、全身を魔力で強化した肉体は一歩も退かなかった。


「……良い判断だ」


 試す者が微かに口元を歪めた。

 満足気に、そして――刹那、気配が変わった。


 何かが来る。


 俺が魔力を全開にしたのと、男が間合いを詰めたのは同時だった。

 だが、その一太刀は鋭くも、致命には至らなかった。


 黒剣と白刃が交差する。

 止めたのだ、互いに。


 剣と剣とが押し合い、火花を散らす中で、男が問う。


「君は、“怒り”の底を覗いたか?」


 返す言葉は決まっていた。

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