第十九話 隣にふさわしい人物
「あ、やべ。すまん……ん? お前、まさかフリードか!?」
「は……? おい、ルクス! ルクスじゃないか!」
「カイ、知り合いなの?」
「ああ。俺が、まだ王都にいた時の、昔からの友人だ」
《運命の輪》のフリードがいた。
見たところ、店の前で一人で立っていたので、誰か――エルナとリーゼルを待っているのだろう。
「そうだ、フリード。すまないが、今の俺はルクスではない。訳あって、カイという偽名を使っている」
「まあ、事情は察する。だが、まさか死んだと思っていた友人が帰ってくるとは……」
「はは、俺もまさかお前とこんな所で会うとは思ってなかったよ。エルナとリーゼルは店の中か?」
女性二人の名前を出した瞬間、隣から強烈な冷気を感じた。
首が固定されたように前を向いて動かない。
「そうだな。俺はアクセサリーに興味は無いから、二人はゆっくり中を見ている。もうそろそろ出て来るんじゃないか?」
フリードがそう言った時、店から二人が出てくる。
そして俺の顔を見た瞬間、エルナが呆然として手に持っていた袋を落としかける。
「あぶねっ」
一瞬だけ《怒気解放》を発動させてキャッチする。
そのまま顔を上げると、涙目になったエルナが見えた。
「ルクス……本当に、ルクス、なの……?」
「あー、まあ、はは。エルナ、久しぶり」
そう返すと、泣きながら俺に抱き着いて来た。
んーと、確かに感極まるのは分かるんだけども、後ろからの視線が物凄く痛くてそろそろ茨が飛んできそうなので放してもらえると嬉しいな。
そのように現実逃避していると、案の定蔦が飛んで来た。
「うおっと」
レアの方に引き寄せられる前に、間一髪でエレナに袋を返す事に成功した。
危ない危ない。
折角落ちないように拾ったというのに、また落としてしまっては意味が無い。
「え……? ルクス、その女の人、誰……?」
エレナがそう聞いてくるが、返そうにもレアに口まで蔦で縛られてもごもごとしか声が出ない。
すると、レアが今までに聞いた事が無い程低い声と冷たい視線でエルナに言葉を返す。
「貴方こそ誰? 私はルクスの恋人だけど?」
その言葉を聞いたエルナは、何かショックを受けたようでレアに詰め寄る。
「知らないわよ、ルクスに恋人がいるなんて! 大体、あんたはルクスの何を知ってるのよ!」
「ルクスがあのパーティで受けた苦しみ、裏切られた痛み、全てを失った哀しみ、全部知ってる。逆に、貴方こそルクスの何なの? ただの知り合いでしょ?」
やめろレア。
それ以上エルナを煽らないでくれ。
そいつはキレると手がつけられなくなる。
レアに必死で解くように抵抗してみる。
が、一向に離そうとしてくれない。
フリードは少し困ったように眺めているし、リーゼルはフリードと何やら色々話している。
誰か助けてくれ。
「っ……! 私は、私は……」
また涙目になり、いつもの元気は何処へやら、段々と萎むように俯いていく。
そして何とか少しずつ声を紡いでいく。
「私は……ずっと、ルクスの事……好きだったのに……」
「はあ、それがどうしたの? 気持ちは届かなきゃ意味が――」
「おい、レア。それ以上は流石にキレるぞ」
圧倒的有利に立っているレアがエルナを煽る事が許せなかった。
だから仕方なく《怒炎顕現》を使用して蔦を焼き切り、レアに忠告する。
「いや、でも、ルクス……」
何か反論しようとしているが遮る。
「確かに俺はお前の事を愛しているが、だからといって、それは人を貶していい理由にはならない。正直、俺はお前がそんなしょうもない事をするとは思ってなかった」
そう厳しく言い放つ。
しかし、釘を刺しておかないと今後同じような事をされても困る。
まさか俺にそんな事を言われるとは思わず、何やら落ち込んでいるが気にしない。
「相手の立場になってみろ。お前も、あれだけの苦しみを経験してるから分かるだろ? 言葉がどれだけ人を傷つけられるかを」
「うん……。ごめんね、ルクス……」
「謝るのは俺にじゃないだろ?」
俺に謝られても困る。
レアもそれは分かっていたようで、ばつが悪そうにエルナの方を向いて頭を下げる。
「……ごめんなさい。貴方の気持ちを踏み躙るような事をした。それがどれだけ痛いか、苦しいか、分かっていたのに……。ごめんなさい」
よし。
それで良い。
ちゃんと反省したようだな。
「すまんな、エルナ。レアが余計な事をした」
「……大丈夫だよ。……ルクスの事が好きなの隠してたのに、言っちゃった。でも、もう叶わないって分かったから、やっと、諦められる……」
泣きながらもそう答えてくれた。
まあ、好意は感じていたが、出来るだけ触れないようにしていた。
俺はエルナには見合わないからな。
「ごめんな、お前の気持ちに応えてやれなくて。だが、エルナは凄く魅力的で、活発で、俺よりも似合う人がいる。だから、もっと良い男を探すと良い」
「……そんな事言わないでよぉ……」
余計に泣きだしてしまった。
まずい。
俺なりに慰めたつもりだったのに。
フリードに視線で助けを求めてみるが、なんかニヤついてやがる。
後でぶっ飛ばしてやろうかな。
レアは落ち込んで俺の身体に凭れかかっているから使い物にならない。
クソ、収拾がつかなくなってきた。
と思っていたのだが、不意にレアがふっと起き出してしゃがみこんでいるエルナへ近づいていく。
また何かをするつもりなのかと思ったが、どうも悪意は感じられない。
そして膝をついてエルナを抱きしめ、背中を擦り、頭を撫でる。
「……ごめん。貴方のルクスを想う気持ちは本当だったんだね」
しっかり反省して、レアが慰めている。
エルナも段々と泣き止んできたし、よしよしと思っていたのだが。
「私達の旅はまだ始まったばかり。だから、数年後、ルクスの事を待てるなら、貴方なら側室になっても、良いよ」
「!?!?」
その場にいた全員が目を見開いた。
いや、別にムート王国では一夫多妻、またその逆も認められているが、貴族以外で聞いた事が無い。
というか俺はそれ以上に、エルナが勝手に俺の側室にされている事に驚いている。
構わない。
構わないのだが、それは人としてどうなのだろうか? という疑問がある。
「え……? ルクス、ほんと……?」
「あー、うん、いや、別に、俺は平気だが……」
どことなく視線を逸らす。
何か申し訳ない気分になる。
「ほんとに、ほんと……?」
エルナが立ち上がりながらこちらへ近づいてくる。
仕方ないのでそっと抱きしめる。
――確かに、俺はエルナの好意を受け止められるし、返してやる事も出来る。
しかし、今の俺には《大罪》がつき纏っている。
ただの冒険者であるエルナを巻き込むわけにはいかない。
「まだ俺にはその資格が無いと思っている。だから、俺がこの世界で一番強くなったその時、エルナ。お前を迎えに来る。それまで待っててくれるか?」
「うん……うん!!」
エルナが力強く頷く。
そしてふっと瞼を閉じたので、何となく意図を察する。
……何故こんな大衆監視の中でやらねばならないのだろうか。
仕方ない。
ふっと口づけを交わし、再度抱きしめる。
すると、フリードが満面の笑みでこちらを見ている事に気付く。
ふざけんじゃねえ。
てめえの仲間だろうが。
「ぐおっ」
いきなりまた蔦に引っ張られた。
レア……。
正直、助かった。
「……でも、ルクスの一番は私だから。貴方の事は認めるけど、ルクスを完全には渡さない」
そう言い放つレアに、エルナは少し腫れた目を細くして微笑みながら返す。
「分かってるよ。最初からそこまでは望んでないもん」
良かった。
また喧嘩にはならないようだ。
「あーあ、私ももっと強かったら、ルクスと一緒にいれたのに」
「はは、しょうがないさ。これは俺とレアの運命だから」
少しいじけたような様子のレアを撫でてやりながらそう返す。
「数年どころか十年以上かかるかもしれない。すまないが、気長に待っててな。必ず、迎えに行くから」
そういう事で、一旦その場は解散になった。
何とかなって良かった。
最初は一体どうなる事かと。
あと、俺の名前は今はカイであるとしっかり言って聞かせておいた。
散々ルクスルクス呼んでくれたが、まあ平気だろう。
俺の名前を知っている人など、ほとんどいないはずだ。
ちなみに今はいくつかのアクセサリー店や呉服屋を回って、一旦中央広場のベンチでレアの機嫌を直している。
不意に膝の上で無言だったレアが、前を向いたまま話しかけて来た。
「……あーあ。私だけのカイだったのに。カイには私だけが良かった」
「じゃあなんであんな事言ったんだ?」
「……だって、可哀想だったから。それに、あの子の感情は真っ直ぐで、しっかりしてた。私の《嫉妬》が、あの子から私に対する嫉妬を感じ取らなかった。だから、あの子ならギリギリ、本当に何とかだけど、私を納得させられた」
……まあ、俺としてはエルナは友達のようなものだったから、恋人であると実感が湧くのは未だレアだけだが。
ただ、複数の女性を愛するのは少し背徳感があるな……。
「だから、せめて、あの子がカイの元に来るまでは、私の事だけを考えて……?」
ようやくこちらを向いてそう言うレア。
少し涙目になっているのがいじらしく、ルクスの心に直接訴えかけてきた。
「……ああ。当たり前だろ。本当に、レアは可愛いな」
今が機嫌を直すチャンスだと、先程に店でお手洗いに行くふりをして買ってきたネックレスを渡す。
「これ、レアに似合うと思って買ったんだ。つけてくれるか?」
「……!」
言葉は無いが、凄く喜んでくれているのが伝わってくる。
少し高かったが、まあ平気だ。
緑色の宝石、ネルケの装飾がついたシンプルなものだが、似合っているようで良かった。
「ありがとう。ずっと、ずっと、大事にするね?」
ネックレスを大事そうに握りしめるレアに、ふと微笑みが零れる。
機嫌が直って何よりだ。
その場で強力な魔力保護魔法を施し、普段使いや戦闘でも壊れないようにしたらしい。
高位森精の血が入ってるだけあって、魔法の才能があるな。
元は高貴な人で、様々な魔法も使えて、俺なんかには非常に勿体無い恋人だ。
まあ、レアを手放すつもりなぞ毛頭無いが。




