第十五話 《憤怒》の再誕と運命共同体
俺は弱い。
だから、人に頼らなければならない。
しかし誰も信用出来ない。
だが――レアは信用しても良いかもしれない。
レアは、俺を命懸けで守ってくれた。
ならば、それに応えてやらなければならない。
蔦を掻き分け、外へ出る。
見れば、レアが必死にノクスフェルの攻撃を避けていた。
急がなければ。
必死にレアの方へと走る。
ルクスの脳内でカチン、という音がした。
更に怒剣の声が聞こえてくる。
『憤怒の継承者よ。汝の肉体は更なる怒りに耐え得る。激情を制御せよ』
どうやら《怒気解放》の段階が上がったようだ。
身体中から魔力が迸り、ほぼ全快といっても良い程には治った。
これなら間に合いそうだと、少し安堵する。
ノクスフェルの動きが先程よりもしっかりと見える。
レアが躓き、諦めてノクスフェルを見上げている。
「すまない。遅くなった」
「……! ふふっ……。ルクス、よかったぁ……」
座り込んでいるレアに手を差し伸べるルクス。
ノクスフェルと二人を阻むように《怒炎顕現》が覆っている。
ルクスの手を取り、レアが立ち上がった。
そして、熱がっているノクスフェルを見てルクスに疑問を投げかける。
「熱くないね。どうやってるの?」
「これは俺とレア以外を焼く炎だ」
そのまま説明しようとするが、二人の脳内に音声が走る。
『宣告。《憤怒》、《嫉妬》の共鳴を確認。《大罪》の同調を開始』
二人の感情が共有されていく。
詳細までは分からないが、どれ程の苦痛を受けたかがしかと伝わってくる。
レアは、確かに俺と同じ様に裏切られ、苦しんでいた。
だが、俺と相対した時から、それら負の感情が消え、悦楽、歓喜、そして――愛情、好意へと変わっている。
レアの言動は本心から来ているものだった。
レアにも俺の感情が共有されたようで、不意に抱き着いてきた。
「……私と同じ。凄く嫌な事だったけど、そのおかげでルクスに会えたから、運命だったのかも」
少し微笑みながらそう言うレアに、先程までは感じなかった感情が込み上げてくる。
つい、頭に手を伸ばし、優しく撫でながら返答する。
「……そうだな。俺達は、運命共同体だ」
「……!! ふふ、嬉しい」
レアは更に笑みを浮かべ、ルクスの胸に顔を埋める。
レアから共有されている喜びに、ルクスの頬が少し緩む。
しかしそんな雰囲気を壊す様に、ノクスフェルの鳴き声が響く。
「グアアァァァ!!」
「うるせえな。空気読めねえのか?」
「ね。あんな害獣、堕としちゃお?」
レアがそう言いながら、炎を突き破って茨を飛ばす。
ノクスフェルが焦ったように急降下して避ける。
……!
もしかして、これならいけるか?
「レア。俺の《怒炎顕現》であいつの視界を遮るから、落とせるか?」
「うん。任せて」
それ以外は口にしていないが、放つタイミングは完璧だった。
まずはルクスの《怒炎顕現》が面で放たれ、上に避けたノクスフェルをレアの《嫉茨共生》が絡みつける。
完全に纏わり付き、もう外れる事は無い。
そのまま無様にノクスフェルが落ちて来る。
ドン! と地面に激突し、バタバタともがいている。
「よくもやってくれたな?」
そう吐き捨てながら《怒剣ラグナ・レイジ》を顕現させる。
剣から溢れ出る黒炎は、ルクスの怒りを表している。
「死にやがれ」
拘束されているノクスフェルの首を綺麗に真っ二つにする。
探知魔法から魔力反応が消えたので、恐らく死んだのだろう。
「やったね。……ねえ、ルク――」
レアがルクスに話しかけようとするが、ふらっと倒れかける。
それをルクスがさっと受け止める。
「お疲れさん。……ありがとな」
魔導石からテントを取り出し、中で寝かせる。
しかし、俺も中々に疲れているのだが、寝具が一つしかない。
……仕方ない。
レアの目が覚めた。
何か温かいものに包まれているような感覚がして、目を開ける。
「……っ!」
ルクスに、抱きしめられてた。
びっくりした……!!
私から少し距離を取っていたような気がしてたのに、そんな、大胆な……。
でも、私の事信じてくれるようになったって事だよね。
凄く、嬉しい。
ルクスと感情が共有されるようになったおかげで、ルクスから私に対して好意を感じてるのが分かる。
だったら多分、私からもルクスにこの気持ちが伝わってるのかな。
……それはちょっと恥ずかしいけど、でも、ちょっと嬉しいかも。
私の本心が伝わってるって事だから。
……さっきのルクス、かっこよかったな。
あの状況で、ほとんど諦めてたけど。
でも、私の為に頑張ってくれた。
私がルクスの為に命を懸けたから、ルクスも私の為に命を懸けてくれる。
その覚悟が、決意が、私を認めてくれたという事実。
ルクスの苦しみは、痛いくらい分かる。
だって、私も同じ気持ちを味わったから。
「運命共同体……。ふふっ」
先程ルクスに言われた言葉を思い出す。
それは、今後も一緒にいるという約束のような言葉。
私を受け入れて、共に歩んでくれる。
ルクス、大好きだよ。
目が覚めた。
なんか身体が重い。
広がった視界の先には、俺の上で満足気に寝ているレアがいた。
……ん?
何で俺もレアも服着てねえんだ?
寝る前まで着てたよな。
……まさか、こいつ。
「おい、起きろ。おい。何やってんだお前」
「んっ……。あ、ルクス、おはよう」
「おはようじゃねえ。レア、お前まさか……」
「ルクスが勝手にしろっていうから、襲っちゃった」
ちろりと舌を覗かせながらそう言う。
妖艶な雰囲気に呑まれそうになるが、文句の一つでも言わないと気が済まない。
しかし、自分が勝手にしろと言ったのもそれは事実であり、何とも言えない気分になる。
「はぁ……。まあ、別に良いけどさ。そういえば、さっき何を言いかけたんだ?」
「さっき……っていうと、寝る前?」
「ああ。お前が気絶する前に、俺の名前を呼んで何か言おうとしてたと思うんだが」
「えっと、ね。その、ちょっと、恥ずかしいんだけど……」
もじもじと顔を赤らめながら言い渋るレア。
こんな事しておきながら、今更何を言おうというのだ。
「その、ルクス。ルクスの事、大好きだよ……って」
言葉が詰まる。
感情の共有が無くとも、それが本心であると分かる。
であるならば、俺が返す言葉は一つだろう。
「……俺も、愛してる。レア」
レアから喜色が伝わってくる。
少し恥ずかしいが、まあ、言うべき事は言わなければならない。
そういえば、山賊共に報告しないとな。
「ねえ、ルクス……。続き、しよ……?」
続きも何も、俺は寝ていたので記憶は無いが。
「……覚悟しろよ」
〈グレイヴ村〉には平和が訪れたものの、山賊達が心待ちにしている成果報告は日が暮れ始めた頃だった。




