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第三十二章 移ろう気持ち①

【前回までのあらすじ】

さらわれたアンジェを助けに向かった黒狼ルゥ(ルーク王子)は、異母兄ギルバートが自分と同じように黒狼として生きていたことを知ります。アンジェをめぐる決闘をしていると狩人が現れ、黒狼ルゥは銃弾を受けて滝つぼへと落ちてしまい……


聖女狩りの男らに捕まったアンジェは偶然訪れたフェルゼン王子に救助されますが、彼は一目惚れしたアンジェを口説き、一気に溺愛モードへ……。そこへ黒狼ルゥのフリをした黒狼ギルバートがアンジェを独占したくなり……

---ラント国王宮内 アンジェが王宮に来て11日後 朝---



アンジェ(川野)の部屋へやって来た使用人は、彼女から、朝にもかかわらず「いますぐ湯船につかりたい」という我儘(わがまま)な頼み事に応じ、数人の侍女らと手分けして、温めた湯を入れたバケツを手に持ち、バスタブへと湯を溜めた。



「朝から、忙しくさせてごめんなさい」と、使用人らに(ねぎら)う言葉をよそに、彼女らは、返事もせず黙々と作業に徹している。



バスタブのお湯は胸の下あたりほどまでの量しか溜まっていないが、アンジェ(川野)は「そのぐらいで大丈夫」と言って、使用人らを返し、湯船に浸かった。



ふわりと立ち上る湯気が、朝の冷えた空気と混ざり合い、視界を白くぼかす。

黒狼ルゥは、大暴れした後、おとなしく外のテラスへと戻っていった。



アンジェは、心地よい熱がじんわりと肌に浸透していくのを感じながら、バスタブに頭ごと沈めてから、起き上がり、深いため息をついた。



脳裏に浮かぶのは、あの教会での別離以来、どこか遠くなってしまった黒狼ルゥの姿だった。

会えなかった日々が、彼を野生へ戻したのだろうか……。それとも……あれが本来の荒々しい本性なのだろうか。



(……初めてルゥに助けられたとき、ルゥの腕輪って、確か金色に輝いていた気がする……でも……銀色だったかも知れない……) 



アンジェ(川野)は指先で湯面をなぞる、と、そこから波紋が広がり、消えた。



聖女狩りの男たちに(さら)われた日のたったの一日分。

頭に受けた強烈な打撃で、その失われた記憶のピースが喪失したまま、思い出のパズルは完成しない。



教会でずっと一緒に過ごしていた黒狼ルゥの腕輪の色さえ、金色なのか銀色だったのかの記憶が途切れている。



ルーク王子は、満月の夜のたった一日にしか会えない、乙女ゲームのメインキャラ。

アンジェ(川野)超推しのルーク王子に会いたい一心で何度も徹夜してプレイした。



川野星流が事故で死に、アンジェとして異世界へ転生してから、転生者であることに気づくまで、随分と時間がかかった。



あの(いじ)めの巣窟(そうくつ)だったクレイモン伯爵家で転生に気づいて、すぐに逃げたのは正解だったけれど。



逃げてから二か月あまり、満月は二度訪れたはずなのに、一度もルークに会えていないなんて。

乙女ゲームの知識という羅針盤があったはずが、今や、その肝心の針すらない。



その代わりに、今の彼女の日常を埋め尽くしているのは、皮肉にも「バッドエンドの象徴−破滅ルート」だったはずの、推しではない攻略対象者の一人フェルゼン王子だった。



初めて会った日から、馴れ馴れしいセクハラ大魔王だったフェルゼン。

プロポーズされた日に、アンジェ(川野)から『お試し婚約者』のお願い提案をしたところ、意外にも受け入れられ、その日から彼は別人のようにガラッと変わった。

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