第三十章 婚約指輪⑥
【前回までのあらすじ】
さらわれたアンジェを助けに向かった黒狼ルゥ(ルーク王子)は、異母兄ギルバートが自分と同じように黒狼として生きていたことを知ります。アンジェをめぐる決闘をしていると狩人が現れ、黒狼ルゥは銃弾を受けて滝つぼへと落ちてしまい……
聖女狩りの男らに捕まったアンジェは偶然訪れたフェルゼン王子に救助されますが、彼は一目惚れしたアンジェを口説き、一気に溺愛モードへ……。そこへ黒狼ルゥのフリをした黒狼ギルバートがアンジェを独占したくなり……
ラント国第二王子フェルゼンが、アンジェ(川野)の薬指にある金のタトゥーを見つめた。
彼女に"お願い"された後、フェルゼンは物憂げな顔を見せ、彼女から視線を外した。
彼の瞳には湖面の煌きが映っている。
それと同時に、黒狼をその腕で抱きしめているアンジェ(川野)を想像する。
黒狼にはよくて、人間の俺にはお預けか。
彼女の瞳には譲れないという強い意志が宿っている。
今までフェルゼンが相手にしてきた令嬢だったなら、”お試しの恋人”から始めようなどとは言わない、求婚したら、即婚約者になり、結婚するのが当然だった。
この全く嬉しくはない”お願い”を喜ぶ理由はない。
愛する女性を目の前にして、手を繋ぎ、軽いキスを交わし、ハグするだけで満足できるほど、自分は禁欲的な男ではない。
むしろ、今すぐにでも彼女をこの場で押し倒し、ひとつに結ばれたい衝動と戦っている。
フェルゼンが見つめた先の薬指にある金のタトゥー。
それは彼女が赤子のとき、純粋の資質から聖女候補者として選ばれた少女だけが持つものだった。
金のタトゥーを今なお持ち続けているということは、彼女が世俗の垢にまみれず生きてきた証でもあり、純粋で純潔を保つ10代の処女だという事実が、フェルゼンの愛欲に楔を打ちこんだ。
彼女はフェルゼンが知る、他のどんな女性とも違う、かけがえのない女性だということを、今更ながらに悟った。
彼女の”お願い”を無碍に拒絶して、無理やり男女の関係を迫り、結婚へと追い詰めれば、彼女は俺の手から零れ落ちてしまうだろう。
「……わかったよ、アンジェ。ハッハッハッ、君には叶わないな……そうだね、やってみようか……その『お試しの婚約者』というやつをさ。ただし、別れてさようなら、しないやつをね……努力するよ、君のためなら……」
フェルゼンは苦笑しながら立ち上がり、パンパンと膝の土を払った。
アンジェ(川野)の表情にぱっと明るい笑顔が広がり、フェルゼンは(まったく……俺も)と、フッと笑った。
彼は箱から指輪を取り出した。
「それでは俺も君に"お願い"の提案をしたい……これは……この指輪は君のために作らせたものなんだ。指輪を受け取ってくれないかい、アンジェ、お試しの婚約者の証として」
彼女の頷く顔を見て、「指輪を嵌めるのはいいだろ」と言い、フェルゼンは彼女の左手を取り、細い薬指にサファイアの指輪を滑り込ませた。
誂えたばかりの宝石がアンジェ(川野)の白い肌の上で、より一層深く、鮮やかに輝いてみえる。
「……じゃあ、俺にも、この指輪を嵌めてくれないかな……君とお揃いで作ったんだ……」
とフェルゼンが、箱のもう一つの大ぶりな指輪をアンジェ(川野)の前に差し出す。
「はい……フェルゼン様……」
フェルゼンの細くて長い指に触れて、そっと指輪を嵌める。
アンジェ(川野)の心臓は早鐘のように鳴り響く。
「アンジェ、君の指輪を見せてくれないかな……」
フェルゼンの前にアンジェ(川野)の手が向けられた。
フェルゼンはそのまま彼女の手の甲を引き寄せた。
そして、サファイアの石の上に、熱い唇が触れる。
続いて、フェルゼンは指でアンジェ(川野)の顎を引き寄せると、彼女の唇に軽くキスをした。
「愛している、アンジェ……これからもずっと……」
「フェルゼン、さ、ま……」
(……きた、きた、やってきたぁぁぁー。このキス、ときめき過ぎるうっ……ああ人生初の婚約指輪……前世のときは元夫から貰ってなかったから……ううっ……推しじゃないけど……なんだか……かなり嬉しいかも……)




