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第二十九章 銀の腕輪②

【前回までのあらすじ】

さらわれたアンジェを助けに向かった黒狼ルゥ(ルーク王子)は、異母兄ギルバートが自分と同じように黒狼として生きていたことを知ります。アンジェをめぐる決闘をしていると狩人が現れ、黒狼ルゥは銃弾を受けて滝つぼへと落ちてしまい……


一方のアンジェ(川野)は、聖女狩りの男らに捕まりますが、偶然訪れたフェルゼン王子に救助されたものの、彼は美形の金髪セクハラ大魔王で溺愛モードへ突入し……

――黒狼!

ラント国第二王子のフェルゼンは息をのんだ。



茂みから現れた影のように黒い狼は通常よりも、若干大きく、その黒さには、ある種の禍々(まがまが)しさがあった。

だが、フェルゼンが感じたのは単なる獣への恐怖ではない。



離れていても黒狼の金色の瞳と目が合った瞬間、背筋を凍りつかせるような「意志」を感じたのだ。

それは飢えた獣の欲求ではなく、執着もしくは憎悪に近い、得体の知れないドロリとした感情の塊だった。



(あの狼は、ただの獣ではない……まるで、呪われているような……)



狼は、昼日中に人前へ、のこのこ現れたりしない。

それも滅多に見ることのない黒い狼が……。

ラックの異常な怯えようと、言葉にできない違和感にフェルゼンは、彼女を守らなければ、という騎士魂が湧きたつ。



そこへ馬車からアンジェ(川野)が降りてきた。



「危ないっ!! 馬車の中へ戻れ、アンジェ……」



フェルゼンが瞬時にアンジェ(川野)を背後に(かば)い、腰の剣に手をかける。

護衛も反応し、剣を黒狼の方へと構えた。



だが、その瞬間、背後のアンジェ(川野)は驚きに目を見開いた後、歓喜に満ちた声を上げた。



「ルゥ……!? ルゥなのね!」



「ま、待てっ……アンジェ!」



アンジェ(川野)はフェルゼンの制止を振り切り、黒狼めがけて駆け出した。

護衛が動こうとしたが、フェルゼンが片手を上げて止めた。



黒狼ギルバートは獲物の甘い香りの少女が、目の前にやってくる歓喜で、ハアハアと開けていた白い牙の見える口を……さらに大きく開こうとした途端……



「……ルゥ……会いたかった……」と叫びながら、目の前の少女が、一切の恐怖をも抱かずに、ガバッと自分の身体へ飛び込んできた。



黒狼ギルバートは、呆気にとられ、思わず口を閉じた。

と思うと、少女の柔らかな腕が、黒狼ギルバートの太い首に、ぎゅっと回された。

温かい体温が毛皮の奥まで沁み込み、そしてトク、トクと刻まれる一定の鼓動が彼の皮膚へ載る。

それは彼が黒狼に変わってから一度も経験したことのない、無防備なまでの信頼と、慈しみを持った抱きしめ方だった。



黒狼の口は、ぐっと堅く閉ざされた。



「ルゥ、やっぱり私のことを探しに来てくれたのね……大好きよ、ルゥ……ずっと会いたかった、ルゥ……」



(……この女は、この俺を、弟ルーク、あの『負け犬』だと勘違いしているのか……)



黒狼ギルバートは悟った。その理解と同時に、別の欲望が滑り込んでくる。

初めに、彼の胸に湧き上がったのは、弟ルークへの憎悪と歪んだ優越感だった。

ルークが必死に守り抜こうとした甘い香りのする少女という”宝物”を、今、自分が成り代わって手に入れる権利は、強者である自分にこそあるのだという、猛々しく暗い愉悦。



(ルーク……お前は今頃、銃弾に倒れ、あの森の奥深くで野垂れ死に冷たい(むくろ)(さら)していることだろう…少女よ、お前は、黒狼の呪いを受けた俺を、心底愛おしそうに、『大好きよ』と言うが、それほどまでにルークが良かったのか……)



そこへ再び「会いたかった」と告げられる少女の優しい声が、黒狼ギルバートに重くのしかかる。



自分は孤独と絶望に打ちひしがれ、呪いを解くことだけを考えていきてきた間、ルークは、この少女にこんなにも愛されていた、この無垢な温もりを、一人味わい、独占していた。

なぜルークが、あそこまで壮絶に自分に挑み、自分の前に立ち塞がったのか。

その答えが、今なら明白にわかる。



(あいつが、あんなにも必死だったのは、この俺を……黒狼を心から愛してくれる唯一の存在を、手放したくなかったからだ……)



だが、勝利に誇るはずの心には、底知れぬ別の欲望が広がっていた。

少女に抱きしめられた瞬間、彼女を喰い殺し、血肉を味わい、今度こそ呪いを解いてやるという殺意は跡形もなく霧散した。



呪いが解けるかどうかもわからない明日より、安らかな一時(ひととき)の今日を選んだ。



(その白い肌と、柔らかな身体を俺の身体に深く埋めろ。優しい鼓動を俺に聴かせてくれ。もっと……もっとだ、もっと俺を抱きしめてくれ。ルークに向けたおまえの眼差しを、今度は俺だけに向けろ。もっと好きだと言え。俺だけを見ろ……)



歪んだ独占欲が、全身の毛を逆立たせる。



これまで甘い香りの少女は「肉の塊」としか捉えていなかったが、いまの彼にとっては「惜しみない愛を注いでくれる存在」に変わっていた。

少女の優しさは、人も獣も限りなく命を略奪してきた彼の心も包み込ほど、温かく、その抱擁は、黒狼ギルバートの心に”安らぎ”の小さな炎を灯した。



黒狼ギルバートは、低くクウゥンと喉を鳴らし、アンジェ(川野)の頬を優しくなめた。



「ふふ、くすぐったい……大好きよ、ルゥ、もう離さないから……」



黒狼ギルバートは黒狼になって初めての切望が芽生え始めていた。

(……俺も……おまえを離さない……オマエハ、オレノモノ、ダ……)

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