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第三章 「ジュリエッタが落ちていく欲望の沼」③

---ヴァレー国 白亜の宮殿 皇女の部屋---



皇女アンジェの部屋に通されたジュリエッタは、天蓋付きレースの大きなベッド、贅を尽くした調度品、クリスタルの花の装飾、ゴブラン織りの猫肢のソファをちらりと眺めた。



皇女の部屋は想像以上に広く、豪華さのすべてが彼女の欲望を肯定するかのように、静かに輝いている。ジュリエッタは壁に掛けられた風景画をジッと見つめ、この絵はガイ兄さまの肖像画と差し替えた方がいいわ、と考えていた。



「皇女様、ご挨拶が遅くなりました。私は侍女長のミランダと申します。皇女様の専属の侍女は4名、右から、ナタリー、ジャンヌ……」



「もういいわ……」ジュリエッタは片手を上げ、侍女長の話の腰を折る。



「紹介なんて要らないわ、侍女って呼べばいいんでしょ。それよりも、クリームたっぷりのスイーツを用意してちょうだい……疲れちゃったのよ、おじいさまとのご挨拶で……」と、不機嫌そうに言い放った。



侍女長は「かしこまりました」と言い、一呼吸置いた。



「それでは明日から、皇女様の教育にあたりまして……」と話しかけたところを、唇を歪めたジュリエッタが、またも話を遮る。



「教育なんて必要ないわ、貴族の一般教養は終わっているもの」



「……あの、恐れ入りますが、皇女様。皇族教育は貴族教育の格が一段上がりまして、皇家統括の経営論や行政運営などを学んで頂くのが後継者の決まりとなっております。今は国王陛下の代行として、侍従が運営を担っておりますが、これからは皇女様が国王陛下の責務を担われることとなります」



侍女長は言葉に詰まりそうになるが、それでも職務としての言葉をキッチリ続けた。



「ええっ? なによ、そんなこと聞いてない。そのまま侍従にやらせておけばいいじゃない。それに・・決まりは私が作るから」



ジュリエッタはソファにドンと腰を下ろす。侍女長も専属侍女も冷や冷やした心持ちでいた。



「私が後継者になるのでしょう。それなら皇族教育を行うこと、今後禁止するわ。私が次期女王なのよ。全部、私のやりたいように変えるから、そのつもりでいてね。それに、おじいさまだって……後、どのくらい存命されるかも分らないでしょう。あの様子なら、明日か明後日にパッタリ亡くなっても不思議じゃないし」



鋭く斬れる刃でズバッ、と。恐ろしい言葉を平然と放つ皇女。王への愛情のかけらも感じられない皇女の言葉に、侍女長を始めとして、侍女たちの顔色もサアッと変わり、誰も、声を発しない。 



「ねえ、侍女長。まだちょっと先のことかもしれないけれど、私ね、伴侶は決めているのよ。先程、いらしていたでしょ、兄のガイ・クレイモン小伯爵が。だからね、もしこれから他の公爵との縁組みなんて、くれぐれも考えないでちょうだい」



侍女長はプルプルと肩を震わせ、「皇女様、大変申し訳ございません。教育につきましても、縁組みにつきましても、私の一存ですぐに返答ができかねます」そう言って深々と頭を下げた。



「まったく、使えない人ね、あなた。ねえ、スイーツはまだ? 」



侍女長は「かしこまりました」と一礼して、青ざめた顔色の侍女4名と、皇女の部屋を出ていく。




ジュリエッテは、ソファに寝転ぶ。



(言いたいことは全部言ってやったわ……ちょっとスッキリ。それにしても、ジュリエッテがガイ兄さまを婿にするってワガママにも歩度があるわ。そんなの絶対認めない。所詮、約束なんて破るためにあるようなものでしょう。ジュリエッテより、私の方がガイ兄さまを一番愛しているんだから。皇女の地位も、ガイ兄さまも、この国のすべては私のものなのよ)




うふふふと、ジュリエッタは満足そうに笑った。

ジュリエッタの歪んだ欲望は、膨らみ続ける沼となり、足元から静かに広がっていく。

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