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第二十九章 銀の腕輪①

【前回までのあらすじ】

さらわれたアンジェを助けに向かった黒狼ルゥ(ルーク王子)は、異母兄ギルバートが自分と同じように黒狼として生きていたことを知ります。アンジェをめぐる決闘をしていると狩人が現れ、黒狼ルゥは銃弾を受けて滝つぼへと落ちてしまい……


一方のアンジェ(川野)は、聖女狩りの男らに捕まりますが、偶然訪れたフェルゼン王子に救助されたものの、彼は美形の金髪セクハラ大魔王で溺愛モードへ突入していき……

---ラント国 城外の外門付近 アンジェがラント国へ来て5日後---



ラント国の王宮を囲む深い森の端で、一頭の黒狼が激しい苛立ちをかみ砕くように、うろつき回っていた。

彼は黒狼ギルバート。

弟王子ルークと共に魔女から黒狼の呪いをかけられてから、48年の月日が流れようとしていた。



今の黒狼ギルバートにとって、王宮から漂ってくる甘い少女の香りは、ただ単に鼻腔をくすぐる程度の優しさではなく、飢えた魂を焼き焦がす甘美で残酷な香りに他ならない。



かつて、彼は同じ香りの少女を喰らったことがある。

あの時、喉を通り過ぎた生温かな血と肉が、魔女の呪いを解いてくれると信じていたが、呪いは解けなかった。

指先1本残らず喰いつくしたというのに、忌まわしい黒い獣の皮は剥がれず、永劫に続く、孤独な闇夜の時間は終わりを告げなかった。



(……最後に魔女と対峙した弟のルークなら、呪いを解く方法を見つけていたのかも知れない……だが、今はそんなことはどうでもいい)



黒狼ギルバートの脳裏に銃弾を浴びて血に染まった弟の姿が浮かぶ。

彼らがまだ「人間」であった頃、義弟であるルークはギルバートを兄として慕っていた。

共に剣を振るい、語り合った若き日々。

だが、呪いを受けた瞬間から全ては瓦解した。

48年という歳月は、血の繋がりも、かつての情愛も、ただの乾いた砂塵へと変えてしまった。



いま彼を突き動かしているのは、ただ一点、あの甘い香りの少女を再びその手に収め、血肉を貪ることだけだった。

彼は王宮が見える、少し離れた位置にある草むらの茂みで息を潜めた。

王宮の門へ続く石畳を見張り、馬車の出入りを数える。

護衛の数もその癖や、兵の交代時間まで、目の前で繰り返されるうちに、いつしか身体に刻まれていった。



そして、ついに王宮の外門が開かれた。

現れたのは一台の瀟洒(しょうしゃ)な馬車。

車輪の軋みと馬の鼻息が聞こえる。



馬車が姿を現した瞬間、甘い香りがグンと濃くなった。

黒狼ギルバートの瞳がキュッと細くなる。

馬車は御者と、王子、そして甘い香りの少女……馬車の外には走る猟犬。



その日、王子フェルゼンは自分の領地内にある草原へ行こう、と、アンジェ(川野)を誘った。

彼女がラント国へやってきて数日の間。

対面した母からは冷遇され、父とはまだ話すらできていない。

王宮内で彼女に向ける使用人たちの視線も冷ややかで、きっと気まずい思いをしているに違いない、そう思うフェルゼンの心遣いだった。



「今日はアンジェに見せたい場所があるんだ。だから少し遠くまで足を伸ばそう、君の好きなハーブが自生しているんだよ」



「ありがとうございます……フェルゼン様」



当初フェルゼンはアンジェ(川野)が「殿下」という単語が言いづらそうなのを見てとり、「殿下が呼びづらければ、フェルゼンと呼んでくれ」そう話したところ、それならばと「フェルゼン様」に落ち着いた。


フェルゼンとしては、「フェル」でも、幼少時代の「フィー」でも良かったが、「年上の方を略称で呼ぶのは失礼です」と(かたく)なに拒まれたためだった。

そんな彼女の律儀なところにも、フェルゼンは好感を抱いた。



馬車の中でアンジェ(川野)と対面しているフェルゼンが満面微笑んでいる。


「君は完璧だよ……アンジェ……君のすべてが、とても愛おしい。俺は一日中、君を抱きしめていたい。君に愛していると言い続けていたい……」



(……うわわわっ……朝から濃厚ぅ……ダメダメ、セクハラ大魔王の甘い囁きになんか負けちゃいられない……でも……胸の鼓動がうるさいよぉ、顔も熱い……)



「あ……ありがとうございます、フェルゼン様……」



黒狼ギルバートの鋭敏な耳には、二人の会話が全て聴こえてきている。

早く来い、と募る気持ちが、ウウウーッと唸り声に変わった。



すると、馬車の馬たちは狼の気配を敏感に察知し、城の外門を出たばかりで、突如として動きを止めた。

ガタン、と揺れる馬車。



「どうした、何があった!」とフェルゼン。



御者の横にいた護衛の騎士が、

「確認して参ります」と御者台から降りる。



護衛は剣を抜き、距離を取って周囲を警戒しているが、何も見えない。



次に、馬が(いなな)き、蹄を激しく鳴らして、じりじり後退し始めた。

それと同時に馬車の横で猟犬ラックが、今までに聞いたこともないような異様な声で吠え立てる。

ラックはフェルゼンの愛犬であり、狩りのパートナーとして数年のキャリアを持つ優れた猟犬だ。

並の獣相手にこれほど取り乱すことはない。



フェルゼンが馬車の扉を開けて降りると、ラックが彼の足元を狂ったようにぐるぐると回り、主人の行く手を(はば)むようにして、彼方の草の茂みに向かい激しく吠え続けている。

その喉の奥からは、恐怖に震えるような、切実な訴えが漏れていた。



「……何がいるんだ、ラック」



フェルゼンは剣の柄に手をかけ、茂みを凝視した。

その視界の端を、巨大な黒い影がサッと横切った。

数多くの小説の中から読んで下さいまして、ありがとうございます( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )


この章では【第二十四章 兄弟相(きょうだいあい)まみえる】で、黒狼ルゥ(ルーク王子)に勝利した黒狼ギルバートがアンジェ(川野)の前に登場します。


第一部では治癒魔法師バルジャンが黒狼ルゥ(ルーク王子)に激しく嫉妬しましたが、第二部ではラント国第二王子フェルゼンが黒狼ギルバートに嫉妬の炎を燃やして……。


アンジェ(川野)もまた、溺愛モードに突入したフェルゼン王子のことが、どんどん気になって来て……という流れで進んでいきます。


続きのお話も、ぜひ読んでやってください(⁎˃ᴗ˂⁎)

<この続きは2/21 P.M.19:00 にアップします>

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