第二十六章 待ち人④
【前回までのあらすじ】
さらわれたアンジェを助けに向かった黒狼ルゥ(ルーク王子)でしたが、異母兄ギルバートが自分と同じように黒狼として生きていたことを知り、喜んだのもつかのま。黒狼ギルバートはアンジェの放つ甘い香りが"呪いを解くカギ"と確信し、黒狼ルゥよりも先にアンジェを手に入れようと攻撃をしかけてきます。そんな決闘中、二匹の前に狩人の男が現れ、黒狼ギルバートではなく、銃弾は黒狼ルゥへ。逃げ惑う黒狼ルゥは滝つぼへと落ちてしまい……
一方のアンジェ(川野)は、男らによって見知らぬ土地の物置小屋へと連れていかれ、鉄格子の檻の中へと囚われてしまいます。アンジェ(川野)は必死に助けを待つのですが……
「アハハハ、冗談だよ。そんなに赤くならなくっていいよ。可愛い人だね、君は」
(……うわっ、つっか君の身体を洗うとか、いきなりキモいんですけど……王子、金髪美形のセクハラ大魔王……)
セクハラワードで思わずブルッと身震いしたアンジェ(川野)の様子を見て、フェルゼンは、寒くて震えていると勘違いしたのか、躊躇いもなく、さっと自身のマントで脱ぎ、彼女の身体を包んだ。
「あの……ご厚意には感謝いたします。ですが、もう大丈夫です、お気持ちだけで十分です。このままで本当に、全然っ、大丈夫ですから、放置プ……放置しておいてください、一人で帰れますので……」
「レディのような、美しい女性を一人にすることなんて出来ないよ。もしかしたら、近くに賊の残党がいるかもしれないじゃない。レディをこのまま見捨てることは、王族としての俺のプライドが許さないしね。一緒に王宮へ行こう、レディ」
「電話(……違っ)じゃなくて……殿下、王宮へ伺うなんて、そんな恐れ多くて、私には勿体なくて……」
アンジェ(川野)が言い澱みながら、セクハラ大魔王の側になんていられないよ、とフェルゼンの元から離れようとしたところ、フラッと立ち眩みを覚えた。
フェルゼンはアンジェ(川野)の細い手首を、驚くほど力強く、しかし壊れ物を扱うような慎重さで掴む。
フェルゼンは、その瞳に熱を孕ませて彼女を見つめた。
「まだ震えているじゃないか。強がらなくていいんだよ。俺が守ってあげる。いまは歩く体力もないだろう。レディ……どうか私の言う通りにしてほしい」
フェルゼンの言うことも一理ある。
まともな食事も水分もない状況で過ごして4日、体力もなく、お金も持っていない状況で、教会への道を無事に帰れる保証はない。
それならば、いっそのこと、フェルゼンと王宮へ行き、体力が戻ったら逃亡する方が得策かもしれない。
セクハラ大魔王にセクハラされる前に、と。
「わかりました、それでは、ご一緒させて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします」
山小屋から出ると、猟犬がフェルゼンの近くでアンジェに向かい、ウーッワンンッと警戒の鳴き声を上げている。
黒狼の匂いが、身体に染みついているのかもしれない、とアンジェ(川野)は思った。
「ラック、いい加減に吠えるのは止めろ……ラック……こらっ……レディに失礼じゃないかっ!……」
ラックと呼ばれた猟犬はフェルゼンに叱責され、垂れた耳を後ろに下げて、クウゥンと甘ったれた声を出して、主人フェルゼンの顔色を窺っている。
その様子を見たアンジェ(川野)がクスッと笑った。
「レディは笑顔の方が可愛いね」
少し離れたところから、年配の老人と、数名の村人の男性がフェルゼン一向に叫んで、深々と頭を下げていた。
「王子ぃー、ありがとうございましたぁ」
「村長ぉー、庭掃除は終わったから、安心しておくれー、アッハッハッ」
そう言って明るく笑うフェルゼンに、アンジェ(川野)は、つかめない人だけど、悪人でも無さそう、と考えるうち、鬱々とした気持ちが少しだけ晴れた。
フェルゼンとアンジェ(川野)は用意された馬車に乗り込む。
破滅への道を自分から進むことになる……その諦めと絶望が混じった小さな溜息をひとつ、ついた。
馬車の中では、対面して座るフェルゼンに見つめられ、眼を逸らしていたアンジェ(川野)だった。
が、カタッコトッと揺れる馬車は、会社帰りの通勤電車のシートに座っているように一定のリズムを持っていた。
いつしか頭がコクンと傾き、寝てはいけないと思いながらも急激に眠気が押し寄せた。
その様子をつぶさに見ていたフェルゼンは、アンジェ(川野)の隣に席を移した。
うとうとしているアンジェ(川野)の身体を自分の身体に引き寄せていたときにはすでに、フェルゼンの耳には彼女の寝息が聞こえていた。
「俺の側にいたらいい……レディ……もう誰にも、君を傷つけさせはしないよ」
フェルゼンはアンジェ(川野)の頭を愛おしそうに撫で続けていた。




