第二十六章 待ち人②
【前回までのあらすじ】
さらわれたアンジェを助けに向かった黒狼ルゥ(ルーク王子)でしたが、異母兄ギルバートが自分と同じように黒狼として生きていたことを知り、喜んだのもつかのま。黒狼ギルバートはアンジェの放つ甘い香りが"呪いを解くカギ"と確信し、黒狼ルゥよりも先にアンジェを手に入れようと攻撃をしかけてきます。そんな決闘中、二匹の前に狩人の男が現れ、黒狼ギルバートではなく、銃弾は黒狼ルゥへ。逃げ惑う黒狼ルゥは滝つぼへと落ちてしまい……
一方のアンジェ(川野)は、男らによって見知らぬ土地の物置小屋へと連れていかれ、鉄格子の檻の中へと囚われてしまいます。アンジェ(川野)は必死に助けを待つのですが……
アンジェ(川野)が声をかけると、少女たちが怯えたように顔を上げた。
彼女たちの髪は、どれも一様に焦げ茶色で、どこかの街娘のような衣服。
手の薬指には”金のタトゥー”が鈍い光を放っていた。
”金のタトゥー”は聖女候補者の証。
前に、市場のおかみさんから言われた「攫われたら、売春宿に売り飛ばされる。夜道には気をつけなさいよ」の言葉を思い出した。
彼女たちは、国の隅々から攫われてきて、売春宿に売り飛ばされる聖女候補者なのだろう。
「ここは、いったいどこなの? 」
アンジェ(川野)の問いに、一人の少女が力なく首を振った。
「わからない……。気がついたら、ここの檻の中にいたの。毎日、誰かが連れて来られて、それでまた誰かが連れて行かれる。連れて行かれた子は二度と戻ってこないわ」
別の少女がアンジェ(川野)へ声をかけた。
「あなた、大丈夫? 服が血だらけよ」
「えっ? 」
アンジェ(川野)は、服を見ると、肩から胸に血がベッタリ付着していた。
自分の頭に手をやると、髪と頭皮に固まった血の感触がある。
(……打ちどころが悪かったら、マジで死んでたかも……)
ぶるっと悪寒が走った。
山小屋には、入れ替わり立ち代わり、下卑た笑みを浮かべた男たちがやってくる。
彼らは家畜を選ぶように、鉄格子越しにアンジェ(川野)たちの体をじろじろと眺め回した。
「おい、今度入ったのは上玉じゃねえか。髪こそ銀色だが、器量が段違いだ」
「ああ、早く売っ払って金にしようぜ。この金のタトゥーを見てみろ。間違いなく生娘、それも高貴な血筋だ。聖女候補のブランドがありゃ、貴族の奴らが競って値を吊り上げるだろうよっ」
「……こんなイイ女を前にして、お預けをくらうのは、ちいと残念だが、金には変えられねぇ。生娘じゃねえと金のタトゥーは消えちまうからな。こりゃあ、一体いくらの値がつくことやら、ヘッヘッヘ……」
夜になって、ようやく与えられたのは、カチカチの黒パンの欠片と、濁った水が入った瓶のみ。
トイレに行くときだけは檻から出してもらえるが、常に筋骨逞しい見張りが背後に立ち、逃走の隙など微塵もなかった。
檻の中に閉じ込められた初日、アンジェ(川野)はまだ、胸の奥に小さな、けれども確かな希望を灯していた。
黒狼のルゥが、きっと助けに来てくれる。
彼の鋭い嗅覚は、この森のわずかな風の流れからでも、私の居場所を特定してくれるはず。
アンジェ(川野)は檻の中の少女三人と、肩を寄せ合うように座り、寝ていた。殴られた頭の痛みが消えない中でも、眼をつむったまま、森の木の葉が擦れる音や、遠くで響く獣の遠吠えに耳を澄ませていた。
今にもあの漆黒の毛並みが闇を裂いて現れ、牙を剥いて自分を救い出してくれる――その光景を、何度も何度も脳裏に描き、自らを鼓舞していた。
しかし、二日目の夜。
アンジェ(川野)の希望に最初の亀裂が入った。
小屋の小さな窓から差し込む月光は冷たく、森は寂し気に鳴く梟の声のみ。
酒に酔った男たちの下卑た笑い声だけが山小屋に響き、救いの気配はどこにもなかった。
(……もしかして、教会で私の帰りを待っているの……ルゥ。私の匂いは消えてしまったの? 助けて、ルゥ……待っているから……今まで、ずっと一緒だったのに、私のこと、心配じゃないの? )
焦燥感だけが突き上げて来る。
少女たちの寝息を聞きながら、アンジェ(川野)は一睡もできずに夜を明かした。




