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第二十五章 救い、の先にあるもの④

むかし出逢った、最初の甘い香りの少女。

他人の妻だった彼女は遠くから見つめるだけで、擦れ違うこともなく、終わってしまった。



今回もまた、甘い香りの少女に期待するなど無意味なものだと思っていた。

だが、気が付くと彼女の香りに惹きつけられ、もしかしたらと言う、一縷(いちる)の望みをかけた。



彼女の匂いをたどって行き着いたのは壊れた教会。

俺を見て、甘い香りの少女が手を振って近づいてくる。

彼女は、いきなり俺に頭を下げ、食糧難だから、兎を分けてほしいと頼んできた。


信じられなかった。

昨日、俺を見て、恐怖の色を浮かべ怯えていた少女が、獣の俺に頭を下げるなんて……。


半信半疑ながらも、彼女を喜ばせられるのならと、その一心で、森の奥深くに分け入り、己の牙と爪を研ぎ澄ませ、牡鹿を仕留め、誇らしさいっぱいに彼女の元へと届けた。



彼女は「ありがとう」と何度も言い、俺の前肢に触れた。


反射的に伸ばした前肢を、彼女は両手で握りしめて、こう言った。

「ありがとう、私の王子様……」


目の前が真っ白になった。

それから俺は、毎日欠かさずに狩りをして、自分の体躯と変わらない鹿を何キロもくわえて歩き、教会まで運んだ。

重労働だった。

それでも続けられたのは、獲物を運んだ俺に顔を埋めて抱きつき喜ぶ、アンジェの顔が見たかったからだ。



俺はルゥと呼ばれ、アンジェの弾くピアノの足元にいることを許され、そのうちアンジェのベッドの下の床で寝ることを許された。

黒狼は不吉と忌み嫌われて生きてきた俺だった。

それが今では領民たちが「今日も鹿をありがとう、ルゥ」と感謝してくるまでになった。



俺を孤独から解放し、愛をくれ、人との絆のきっかけを作ってくれたのは、いつだってアンジェだった。



甘い香りがする少女アンジェと永遠の愛を誓い、呪いを解く。

銀色の髪をなびかせるアンジェ……ああ、恋しい……あの夜の指先の感覚が鮮烈に蘇る……俺は彼女に、用意していた結婚指輪を贈った。



彼女は感極まったように瞳を潤ませ、「ルーク、愛しているわ、結婚できるなんてうれしい」と言って、震える指先で俺の頬に触れる……サラサラとした質感の亜麻色の髪が俺の頬にかかり……



……ざらっとした違和感が入り込んできた。



俺は抱きしめている亜麻色の髪の少女に囁く。

「君を離しはしない。俺も愛しているよ……」



愛しているよ、結婚しようと誓いの言葉と、交わされた熱い唇。

亜麻色の髪の少女は……ニナだ……。



ニナ……幼馴染……婚約者……。



突如として呼び覚まされた記憶の境界が二つに割れる。

二人の少女が、混濁するルークの意識のなかで重なることはない。



満月の夜、ルークの頬に触れるのは、夜風が撫でた少女の銀髪、見つめる空色の瞳のアンジェ。


春のまばゆい陽光の下、ルークの頬に触れるのは、そよ風になびいた少女の亜麻色の髪、見つめるのは濃いグレイの瞳のニナ。



(……俺が愛しているのは……いったい、誰なんだ……)



……混濁していく意識の中で、二人の少女が真っ白な虚無となり、黒狼ルゥの意識の深淵へと溶けていった。

第二十六章からは、狩人の男たちに(さら)われたアンジェ(中の人は川野星流)の、お話になります。アンジェ(川野)は、黒狼ルゥとバルジャンが自分を助けに来てくれるはず、と期待を抱いて待ち続けていたのですが……。

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