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第二十四章 兄弟相(きょうだいあい)まみえる②

さらわれたアンジェを追いかけていく黒狼ルゥ(ルーク王子)の前に現れたのは、異母兄で黒狼となったギルバート。48年前の魔物討伐の際、瀕死の重傷だったギルバートもまた、魔女の黒い霧を浴びて黒狼として命をつなぎ留めていました。この非情なギルバートに母を殺された狩人は、黒狼ルゥ(ルーク王子)を敵だと思い込み……。

木陰から現れた若い狩人が勝ち誇ったように叫んだ。

その瞳には、積年の恨みと、凍りつくような殺意が宿っている。



かつて黒狼ギルバートに母を食い殺された少年が、今や復讐の鬼となり、この森まで辿り着いたのだった。

狩人の狙いは、母の仇である黒狼ギルバート。

だが、狩人の眼に写る黒狼はどれも醜悪な人食いの獣に他ならない。



黒狼ギルバートは、血を流し、開いた口から舌をだらりと垂れ、荒い息を吐く黒狼ルゥに冷笑の一瞥を浮かべた。

それはまるで「少女は俺が頂く」と言わんばかりに。



「グゥ……ワァァワァァン……」

(待てっ……ギルバートぉぉぉ……)

黒狼ルゥは叫ぶ……声にはならない叫びを。



狩人が黒狼ギルバートに向かい、

「もう一匹いるのか……」と銃口を向けかけた時には、すでに猛烈な勢いで黒狼ギルバートは森の道を、軽やかな跳躍で駆け出していった。

アンジェの香りが漂う方角へ、と。



「くそっ、逃がすか……! だが、まずは貴様からだ」



振り返った狩人が銃口を黒狼ルゥに向ける。

黒狼ルゥは、砕けた肢を必死に動かし、這いずるようにして茂みへと逃げ込んだ。

視界の端が暗くなる。

森の木々が歪み、枝々に身体がこすられる。



一歩踏み出すごとに、焼けるような激痛に襲われるが、アンジェを追えない無力感と、アンジェを失ってしまうかもしれない恐怖が、黒狼ルゥを(さいな)む。



背後から迫る狩人のザッザッと落ち葉を踏む足音。



黒狼ルゥは、血の滴る跡を残しながら、半狂乱で森の中へと走る。

だんだんと平衡感覚が失われていく。

気が付くと、森の木々が途切れ、目の前には切り立った崖が広がっていた。

足元には、轟々と音を立てて流れ落ちる巨大な白い滝。

もう逃げ場はない。



「終わりだ、人食いの野獣め……この俺がお前を地獄へ送ってやるっ!! 」



追い詰めた狩人が、勝利を確信した足取りでじわじわと歩み寄る。

黒狼ルゥは崖の縁に追い詰められ、空を仰いだ。

朝焼けに染まり桃色の空と眩しい輝きを放つ太陽()が、黒い毛の一筋一筋に落ちてくる。



(アンジェ……君を抱きしめた腕は、今や地を這う黒い前肢だ……君に愛を囁いた声は、ただの鳴き声だ……それでも、こんな姿でも俺は……俺は、君の側にいたいんだ……)



(アンジェ……っ!!)

心の底で叫んだ名……喉を震わせて放たれたのは、天を突くような悲痛な遠吠えだった。



「ウワォォォォォォーーーン!!」



その咆哮が森に飲み込まれる間もなく、黒狼ルゥの体は、砕けた前肢の痛みに耐えかね、ぐらりと揺れて断崖から宙へ、スルッと転がる。



冷たい風が黒い全身を叩いていく。

白濁とした滝の飛沫が身体に跳ねる。


黒狼ルゥは、まっ逆さまに落ちていく視界の隅で、遠い森の彼方に、騎士隊長の姿をしたギルバートと、銀髪をたなびかせるアンジェが並んで歩く幻影を見た気がした。



全身滝に打たれながら、滝つぼへ落ちた。

水圧で底へ叩きつけられる黒狼の身体。

冷酷な水の底から、浮かび上がろうとするが容赦ない激流が黒狼の身体をもてあそぶ。


黒狼ルゥは絶望と愛を抱えたまま、壊れた玩具のように岩に背を打たれ、渦に足を掴まれ、息すら出来ない鼻腔と喉に川の水を押し込まれた。



(……アンジェ……)

黒狼ルゥの思考は静かに沈み……意識は深く消えていった。

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