第二十三章 「聖女狩りの跫音(あしおと)」③
一方、バルジャンは、激痛に意識を飛ばしかけながらも、歯を食いしばり、地面をズズッズズッ這っていた。
泥のついた唇を手の甲で拭う。
肩肘で地面を突き、なんとか姿勢を立て直した。
震える手で、ふくらはぎに突き立った忌々しい弓矢を掴む。
渾身の力をこめ、一気に引き抜く。
「ぐううっ……ううっっぅっ……」
喉の奥から漏れた獣のような声とともに、強烈な痛みと吐き気が込み上げる。
鏃がふくらはぎの肉をそぎ切り、吹き出すように血が流れ出る。
血だらけの弓を投げ捨てると、バルジャンは全神経を手に集中させた。
視界が白く滲む。
それでもバルジャンは両手を、血に濡れた自らの肢へ押し当て続けた。
「……くっ……おぉ……っ!」
両手から白い靄が立ちのぼり、治癒の魔力が傷口を塞いでいく。
出血は止まった。
だが、痛みは消えない。
自分自身に治癒魔法を使う日が来るなど、思いもしなかった。
しかもそれは、身体から力が抜け落ちていく感覚を伴う、ひどく虚しい辛さだった。
(生まれて初めて好きになった人なのに……。大事な女性を守れなかった)
無力感に苛まれ、涙が抑えきれずに頬を伝う。
ふいに……誰かの気配を感じた。
視線を上げると、そこにはいつの間にか、教会に来ていたあの黒狼ルゥが立っていた。
金の瞳に射抜かれるようだ。
黒狼は、バルジャンの血の匂いと、彼が一人でいることの矛盾を敏感に察知した。
訝し気にウウウッと低く唸り、純白の牙を剝いてバルジャンを威嚇する。
バルジャンは掠れ声で悲痛な呻きを漏らした。
「守れなかった……さらわれた……。この森の先に騎士がいるはずだ、アンジェさんがさらわれたと、騎士に伝えてくれ……。頼む……守ってくれ、アンジェさんを……」
この黒狼に自分の言葉など通じるはずがない。
それでも、今の自分にできることは、彼女を生涯の伴侶と思いこむ獣に想いを委ねることしかできなかった。
黒狼はふいに頭を上げ、空気を切るように周囲の匂いを嗅ぎ音を拾う。
そこには、朝の靄に混じって、最愛の女性が放つ甘い香りと、その香りを含んだ血が、絶望を伴い土へと沁みていく微かな音を感じた。
人間の理性が飛び、黒狼の獣性が軋む……黒狼ルゥ。
ウワォォォォーン、ウワォォォォーン。
それは悲しみ、怒り、悔しさが一挙に溢れ出る遠吠えだった。
その声は哀しげに、そして禍々しく森の隅々へと響き渡る。
次の瞬間、黒狼は地面を蹴った。
弾丸のような速さで、森の道を真っすぐ駆け出ししていく。
「アンジェぇぇぇ……」
バルジャンは、遠ざかる黒狼の背に縋るように声を振り絞って叫んだ。
空にはもう薄白くなった丸い月が、残酷なほどに美しい朝焼けに染まり始めている。
野鳥たちが心躍らせて朝靄の世界を囀る中、森の奥へと消えていくバルジャンの絶叫の余韻だけが虚しく残された……。
読んで頂きまして、ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)⁾⁾
お陰様で第一部、第二十三章が終了しました!
第二部、第二十四章は「兄弟相まみえる」黒狼ルゥがアンジェ(川野)の行方を追いかけて……。
また発表させて頂く機会を楽しみにしています。
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