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第二十三章 「聖女狩りの跫音(あしおと)」②

「お兄ちゃん、早く行こうっ」

アンジェ(川野)は咄嗟に妹のフリをした。



彼女の機転に、バルジャンは服の裾を横からぐいっと掴まれ、はっとして彼女を見た。

恐怖に震える指先が、布越しに彼の肌へ伝わる。



「ああ、そうだね……じゃあ、私たちはこれで……」

バルジャンは努めて冷静を装い、アンジェ(川野)を促して歩き出した。

背後からは男たちのニヤニヤと笑っている不気味な気配が、湿った空気と共に追いかけてくる。



「バルジャンさん、急ぎましょう」



アンジェ(川野)はバルジャンの服の裾を掴んだまま。

彼女の切迫した呼吸が、バルジャンの背中に突き刺さる。



「そうですね」

二人が足を速めた、その瞬間だった。



「ぐぅぅっ……」

バルジャンが呻き、前のめりに、どさっと倒れ込む。



「バルジャンさん……どうしたの?」

アンジェ(川野)の悲鳴に近い問いかけに、バルジャンは返事ができなかった。

激痛が脳を突き抜ける。



倒れた彼のふくらはぎには、狩りの弓矢が深々と突き刺さっていた。

やじりが肉を裂き、骨にまで達しようかとする感触。

鮮血が滲み出し、乾いた土をポタポタと湿らせていく。



「……うわっ……なに、なんで……」

アンジェ(川野)が振り返ると、三人の男が獲物を追い詰めた猟犬のような足取りで駆け寄ってきた。



「ア、アンジェさん、早く逃げ……ううぅっ」

バルジャンは痛みよりも、焦りが彼の喉を締め付けて声が出ない。

守ると誓ったばかりだった。

奴らへ、無防備に背を向けた己の甘さが悔やまれる。



(私はどうなってもいい。ああ、聖女様、アンジェを助けてください! )



バルジャンは苦悶に顔を歪めながら、片手で彼女の身体を前へ押し出した。



「こんな状態で……置いていけないって……」



「私に構うなっ、頼む、早く、逃げてぇ!! 逃げてくれぇ」

いつもの微笑みを絶やさない穏やかな顔とは違う、バルジャンの苦艱(くげん)が凝縮した顔。

瞳に溜まった涙と拒絶する姿に、アンジェ(川野)は、ただならない状況になった恐怖に襲われた。

全身に鳥肌が立つ。



アンジェ(川野)は唇を噛み締める。

「ごめん、本当にごめん……バルジャンさん……」

その言葉を残し、全力で走り出した。



背後で、男たちの卑俗な笑い声とバルジャンの呻き声が交錯する。

バルジャンは地面を這い、必死で男の足にしがみつこうとしたが、無情にも蹴り飛ばされた。



(……走れ……もっと早く……走って、ルゥに会って……)



「おっと……逃げられないよ、お嬢さん」

森の藪から、ひょいと男が飛び出て、アンジェ(川野)の前に立ちはだかる。



(こんなところで……破滅ルート……)



アンジェ(川野)は必死に考える……逃げ道……残すは、男の脇腹の横側。

そこを走り抜ければ、この深い森の中なら逃げられるかもしれない。



 バサァッ——。

 


希望を抱いた瞬間、頭上から投じられた大きな獣網が、アンジェ(川野)の身体を無慈悲に絡め取った。



「うわっ……網ぃ……助けてぇー、助けて……ルゥ、ルゥゥ……」



必死の叫びは、朝靄が立ち込める森の奥へと吸い込まれていく。



「静かにしろっ」



ゴォッンっ。



節くれだった男の手から、無慈悲に振り下ろされた木の棒が、アンジェ(川野)の頭部を強打する。

ふわっと意識が揺らぐと同時に、額からヌルヌルした熱い血が流れ落ちる。



(また死ぬんだ……また……)

遠のく意識の中で、アンジェ(川野)は前世の想い出と、この異世界で出会ったすべての想い出を重なり合わせながら、暗闇へと堕ちていった……

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