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第三章 「ジュリエッタが落ちていく欲望の沼」①

---ヴァレー国 白亜の宮殿---


ヴァレー国の王宮は、海に面した断崖に建ち、通称「白亜の宮殿」と呼ばれる広大な面積に広がる荘厳な建造物だ。海の碧を背にして、ツンと尖った白い塔が幾本も建ち並び、サンクロニア世界では比類なき美しい宮殿と言われた。



この「白亜の宮殿」を目がけ、ダンテス・クレイモン伯爵家の馬車がやって来る。広大な芝生から、王宮に続く舗道から見える宮殿は、どこまでも清らかで、毅然と佇む。



馬車が王宮の正門をくぐった瞬間、ジュリエッタの胸は高鳴りを抑えきれなかった。

伯爵夫人も、妹のジュリエッテも、興奮が冷めやらないといった様相で。

沈鬱な面持ちでいたのはガイ、ただひとり。



馬車の車輪がギィッと音を立て止まる。

御者の号令で、馬がヒヒンと鳴き、蹄が石畳をカツッと一蹴り。



数名の侍従が馬車にサササッと駆け寄り、馬車の扉を開くと、ダンテス・クレイモン爵一家が馬車から、次々に降り立った。



馬車の扉の前に広がるのは「白亜の宮殿」の威風堂々とした壮観な光景。



宮殿の前には、数十名の警護騎士が整列し、その背後には王宮に仕える侍女と侍従が百名ほど、息を揃えて一直線に深々と頭を下げている。



(このすべてが私のもの、これが、私の居場所……)

ジュリエッタの鼓動は早鐘のように打つ。



偽アンジェなど微塵にも感じさせないジュリエッタは、「帰還する主人」の体で、結い上げられた銀髪に似合う大粒サファイアのネックレスと、金貨程もあるダイヤモンドのピアスを揺らしながら、刺繍されたバラが映える純白のドレスに身を包み、伯爵にエスコートされていた。衣装も装飾品も、なにもかもが皇室から届けられていた。



華奢(きゃしゃ)な身体に似合わず、威厳(いげん)に満ちたオーラを(かも)し出すジュリエッテに、侍女と侍従は新たな主人を迎える昂揚感(こうようかん)でいっぱいだった。



ダンテス伯爵爵夫人と妹のジュリエッテ、そしてガイが、二人の後ろを数歩下がって歩く。妹のジェリエッテの顔にさえ、隠しきれぬ陶酔(とうすい)の色が浮かんでいるのを見て、ガイはアンジェへの罪悪で泣きたくなる。



侍従長ヨハネスに先導され、一行は王宮の奥へと進んだ。



「こちらです」侍従長が、一際大きなドアの前に進むと、ドアの両側にいた侍従が、そろりとドアを開けた。



”王の間”に足を踏み入れた瞬間、ダンテス・クレイモン伯爵一家は、初めて通された、豪華絢爛(ごうかけんらん)、贅沢過ぎるともいうべき”王の間”に、思わず息を呑んだ。



ヴァレー国が誇るクリスタルの動・植物の彫刻品が、壁や柱に惜しみなく配され、大輪のバラと百合が満ちる花瓶が、甘く重たい香りを漂わせている。



”王の間”は、すべてが眩しく、すべてがジュリエッタの歓迎の名のもとに用意されていた。が、伯爵は、それらが自分に用意された舞台に見え、生唾をゴクリと飲んだ。



”王の間”の奥から、静かな軋み音が響く。車椅子に乗せられた国王ハウゼンが、囲まれた侍従を伴い、ゆっくりと姿を現した。その顔は、病に侵されながらも、孫娘に会えるという一念で、無理やり

生気を保っているようで痛々しい。



「国王陛下におかれましては、御身健やかなるご様子で……」と、ダンテス伯爵が慇懃(いんぎん)に述べる口上を国王は短く制す。



「前置きはいい」


「ははっ」



国王ハウゼンの視線が、侍従長ヨハネスへと向く。

侍従長ヨハネスは、一歩前へ進み出て、穏やかな声で告げる。



「皇女様、どうぞ、殿下の方へお越しくださいませ」



ジュリエッタは、会釈とともにドレスの裾をつまみ上げる様子は優雅そのもので、伯爵は、口元が緩みかけ、ハッとしてした。



「ハウゼン国王陛下におかれましては、このような場を設けていただきまして……」



うっ、と息を詰まらせる、ハウゼン国王。



ジュリエッタはビクッとするが、「もっと近くへ」と、国王は、蚊の鳴くような細々とした声ととも

に、弱々しく手招きをした。



ジュリエッタは、躊躇(ちゅうちょ)なく国王の足元へスススッと駆け寄り、国王ハウゼンの手を、自身の両手でふんわり包み込んだ。



「おじいさま……!」

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