第二十二章 「揺れる、心律(しんりつ)」②
「アンジェさん、いま一番安全な場所は、パーシモン公爵家です。万が一王室とトラブルになったとしても、うちなら、他国と貿易しているから、一番遠いベルス国での生活も可能です」と、バルジャン。
対するルーク。
「ベルス国じゃなくラント国で迎えるよ……ラント国の方が安全なんだ」
「……国境を渡るにしても準備が必要じゃないか。それにパーシモン公爵家なら、アンジェさんが弾けるグランドピアノがある。白くて美しい調度品仕様のグランドピアノだ」
(……あれ?バルジャンさん、なんで、ここでピアノの話を持ち出してくるの? )
アンジェ(川野)が不審な面持ちで聞いていると、今度はルークが反論しはじめた。
「ラント国の王宮にだって、何台ものピアノがある。公爵家なんかと違って、演奏場だってあるんだ。アンジェの弾くピアノを多くの人に聴いてもらえたら、アンジェだって、幸せなんだ」
「ラント国は、国が内政不安らしいじゃないか。そんな何が起こるかわからない危険な国になんて、アンジェさんを行かせられない」
バルジャンの熱をこめる。
その熱気に押され、ルークもますますムキになっていく。
「ヴァレー国にいる方が危険じゃないか、さっきだって襲われそうになっているだろ。行くなら、絶対にラント国だ、ラント国一択しか有り得ない!! 」
(ちょっ、ちょっと、そこのお坊ちゃんたち。いい加減、言い争いは辞めてくれー。こんな小娘ちゃん一人に、大の大人が何やってんのよぉ。別れた夫もそうだったけど、男の人って幾つになっても、ガキんちょが抜けないんだよね、ったく……)
「いいや、ラント国境にはヴァレー国の……」
アンジェは耐えきれず、二人の間に割って入った。幼稚園の先生の気分だ。
「はい、はーい、みなさーん……もう、この話は、ここで終了しますよぉ。バルジャンさん、ルークさん、みんなで逃げましょうねぇ。このままだと確実に死亡フラグが立っちゃいまーす。……なので、今すぐ、旅支度、開始でーす。行き先は、アンジェ先生が決めました。目的地はパーシモン公爵家でーす。理由はバルジャンさんのご両親が良い人そうなので、アンジェ先生は、そこがいいと思いました。先生が決めたことなので反論は受け付けませーん。さあさあ、みなさん、時間がないですよぉ、急いで支度してくださいねー。では、これで、お話は、以上。解散でーす。おつかれさまでーす」
「ラント国の方が絶対いいに決ま……」
ルークが不満そうに呟きかけたところ、アンジェ(川野)は手を上げた。
「はーい、そこのルークさーん。反論タイムはないですよぉ。先生が決めたことには、素直に従いましょうねー。良い子にしたら、後で先生が、頭をナデナデしてあげますよぉ。はーい、皆さぁーん、手を上げてくださーい。頭をナデナデされるのが嫌な人はいますかぁ? ……はーい、誰もいませんねー。それでは、旅の支度に取り掛かりますよ、準備はいいですかー……皆さーん、準備は、い・い・で・す・かぁー、お・返・事・はぁ?」
「は……い」と、不承不承のルーク。
「はい、アンジェ先生……」と、くすくす笑うバルジャン。
(アンジェさんには、叶わないな……そういうところも好きなんだろうけど)
バルジャンは、アンジェが片手を上げている姿を見て、そう思った。
「アンジェさん、これからの旅で、私は戦うことは出来ませんが、治癒魔法師に出来る限りで、あなたを守ります」
負けん気の強いルークはバルジャンの後にすぐ、
「俺も、守るよ、アンジェ」と応える。
「うん、ありがとう。明日からは、また別のルゥでね」
「ああ」
バルジャンは、アンジェとルークの関係について理解したわけではなかった。
ただ一つ確かなことは、教会を離れてもアンジェの側にいることができる。
それだけで胸の奥に小さな光が灯る。
アンジェは、ルークの気持ちを知りながら、「鹿がほしい」とか「柴犬の虎丸がわりに可愛がったりする」とか、ルークを利用している自分の狡さに抵抗を感じていた。
そのうえバルジャンが自分を熱い眼差しで見ている恋心にも気づいていて、バルジャンの治癒魔法の力を失いたくないと思う自分の狡さも感じている。
(……結局、私が一番狡いヤツなんだよね……破滅ルートも溺愛ルートも回避したいからって、二人を利用して……二人の気持ちはホント嬉しい……けど、もう死にたくないんだ……この理由じゃダメ? ルゥ、バルジャンさん……死んだらさ、全部失うんだよ。おじいちやん、おばあちやん、友だち、虎丸……二度と会えないって、マジ辛いよ……)アンジェ(川野)は自分を見つめているルークとバルジャンへ、心の中で問いかけた。




