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第二十章 「恋煩い(こいわずらい)」①

---クレイモン伯爵領内 オルドリア正教教会 教会爆破から二日後

---



教会の入り口横に瓦礫が無造作に積み上げられていた。

時折吹く秋風は瓦礫の山をなぞり、細かな埃風となる。

その風の一陣がバルジャンの金髪を揺らしていた。

教会の広場は、爆破の爪痕が生々しく残り、治癒の終えていない負傷者の何名かが呻き声を上げ、誰かが家族を呼ぶ声が絶え間なく交差している。



——その中心で、バルジャンは一人の少女の背中を凝視していた。

教会が爆破された初日、少女が取った行動は目を見張るものがあった。



「呼吸が浅い方は、こちらの長椅子へ……最優先にしてください。出血している方は、あちらの神父様の方へ……すみませーん、包帯は有りませんか、早く止血しないと……」



領民の女性が、「よければ、これを」と頭を覆うスカーフを差し出す。



「ありがとうございます……動ける方は、どんどん手伝ってくださーい……誰か、水を持ってきてもらえませんか……」



「おう、それは俺がやるよ」と領民の男性が「おい、みんな。鍋でも、皿でも、集めてくれ……」と動き始めた。



アンジェの声は、混乱する広場において、暗闇を貫く一筋の光のようだった。

バルジャンは治癒魔法師として各地を巡り、色々な現場を見てきた自負があった。

だが、彼女が口にした「トリアージ」という概念、効率的な選別と、救える命を最大化しようとする合理性、そして「いま」必要とされている事への的確な対処に驚愕した。



まだ、あどけなさが残る少女。

大人になりかけている途中の身体で、周囲の状況判断を行い、的確に指図して動く10代の少女。

左手の薬指に光る金のタトゥーは永遠に少女のものとなり、やがてはこの世界を導いていく聖女となるかもしれない。


バルジャンの魂は感動で揺さぶられていた。




---クレイモン伯爵領内 オルドリア正教教会 教会爆破から八日後

---



「バルジャンさん、この子、診てもらえますか」とアンジェ(川野)が少年の手を引いて来る。

近隣の教会に避難していた領民が、アンジェ(川野)のいる教会で治療ができると知り、けが人が続々と押し寄せてきていた。



「では、こちらへ……」とバルジャンは長椅子に少年を寝かせた。



地面に膝をついたバルジャンは、足に裂傷を負った少年の前で目を閉じる。

精神を集中させると、掌から現れた淡く白いふわふわな光。

光は傷口の上で止まり、その中へと水が浸透するように吸い込まれていく。

魔力の操作は、一瞬の油断も許されない。



アンジェ(川野)もバルジャンの横で膝をつき、少年の傷が少しずつ閉じていく様子を(すごい……)と凝視していた。


「……うーん……」と小さく唸るバルジャン。

見るとバルジャンの額に滲んだ汗が少年に落ちそうになっている。



(……手術の時って、看護師が医師の汗を拭いていたよね……ああ、でも私、ハンカチ持ってない、もう使っちゃったんだ……)



「……アンジェさん……お水はどこへ置きましょうか」

そこへ、背後から領民の女性の声。



アンジェ(川野)は領民の女性の方を振り返ろうと、立ち上がりかけ、ふらっと軽いめまいを覚えた。



(あれっ……徹夜したせい……)



倒れそうになり、咄嗟に掴んだのはバルジャンの肩だった。

片膝を立てていたバルジャンは、アンジェ(川野)にグイっと肩を掴まれる勢いでバランスを崩し床へ転倒した。

そこへ同じく重力に抗えず、前方へ倒れ込むアンジェ(川野)がバルジャンと、ドンと重なった。



バルジャンの身体にアンジェ(川野)の身体が密着し、額に彼女の柔らかな唇が押し当てられる。



「…………っ!」

バルジャンの小さな唸り声に、



「ご、ごめんなさい……」とアンジェ(川野)が唇を離した。



バルジャンは、額を前髪で隠し、人前で見せたことはない。

その額の傷跡に、女性の唇を受け止めたことは、バルジャンにとっては信じがたく、全身にいいようのない電流が駆け巡った。

バルジャンの肩を掴んでいた少女の手が離れた。

起き上がろうとした彼女の銀色の髪が、バルジャンの頬をさらっと撫でていく。



(まるで……春の陽だまりの風だ……)

安らぎにも満ちた喜びが身体の奥から湧き上がる。



二人は、ささっと弾かれたように距離を取った。



バルジャンの顔は、自分でも分かるほど急速に赤く染まっていく。

治癒魔法を使い果たした時よりも激しく、心臓が肋骨の内側を叩きつけた。

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