第十六章 「追われる者」①
--ヴァレー国とラント国 国境付近の森---
ヴァレー国で起きた連続教会爆破は、国境を越え、ラント国にも波紋を広げていた。
もっとも、ラント国の国土はヴァレー国の二倍以上。
教会も各地に点在しているため、爆破されたのは三つに留まった。
それでも王都には緊張が走った。
ラント国はノワール・オベリア王家の統治国家であり、肥沃な大地を生かした農業国だ。
隣国との安定した交易が命綱でもある。
その国にあって、第二王子フェルゼンは、少々異質な存在だった。
(兄上が戻れば、王位なんて不要だろ)
行方不明の第一王子ルークが健在である限り、自分は気楽な第二王子。
責務から逃げるように、フェルゼンはこの日も国境付近で鹿狩りに興じていた。
だが、その獲物が、思わぬ方向へ運命を導いた。
「ラック、どうした」
愛犬のラックが突然、吠えながら大木の前で立ち止まった。
近づいたフェルゼンは、血の匂いに眉をひそめる。
「……おい、大丈夫か」
そこには、肩を深く斬られた騎士が倒れていた。
背に刻まれた紋章を見た瞬間、フェルゼンは息を呑む。
(ロッソ・ニルノーブル王家……ヴァレー国の騎士か)
いつのまにか越境してしまい、ここはヴァレー国だ。
騎士を見捨てれば問題は起きない。
「このまま見捨てるか、助けるか……」
愛犬のラックがワンワンワンと続けざまに吠える。
遠くから「そこにいるのは誰だ!」という声が響き、フェルゼンは決断した。
「ラント国まで運ぶぞ」
「はっ」
家臣たちは迷わずフェルゼンに従い、重症の騎士を担ぎ上げた。
背後から飛ぶ「待て!」の叫びを振り切り、森を抜け、ラント国領内へ。
やっと小さな村に辿り着く。
第二王子の姿に村人たちは色めき立った。
「これは、これはフェルゼン王子。その若者は……」
「わけあって仔細は話せぬ。だが、ここで看てやってほしい」
村人から、王子が来ていると言われ、村長は急ぎ駆けつけてみれば……と、騎士の装束に目を留め、冷や汗をかく。
(隣国の騎士……越境問題にならなければよいが)
その不安を見透かすように、フェルゼンは微笑む。
「放置すれば狼の餌だ。村長の杞憂はこれで解決してほしい」
フェルゼンから差し出された金貨1枚に、村長がニンマリと表情を緩めた。
「承りました、王子様!」
数時間後。
ホウホウホウ、梟の声が響き渡る、夜。
物置小屋で目を覚ました騎士エルジーは、朧な意識の中で、自分を助けてくれている名を聞いていた。
「……フェルゼン王子……」
(まさか、隣国の王子に助けられるとは)
エルジーの脳裏に、突如として忌まわしい光景が蘇る。
王宮の皇女アンジェの部屋で見たのは、伯爵が、皇女を「ジュリエッタ」と呼び、ハッとした皇女が、俺を見たあの瞬間。
(自分の娘と皇女を……入れ替えた……)
クレイモン伯爵家に、王命を携えて以来、護衛騎士としての責務を全うしてきたが、これは黙認できない事実だ。ハウゼン国王への反逆行為に他ならない。
騎士長へ、報告しようとした矢先、偽皇女が、俺を指差した。[
「あの者が、謀反を企てて、おじいさまの暗殺を謀ろうとしているのよ」と。
「違うんだ、騎士長、話を聞いてくれ……」
「エルジーをとらえよ」
瞬間、騎士長の命令が飛んだ。
国境付近まで逃げてきて、斬られ、隣国の王子の庇護下とは。
(この先、どうすればいい……)
答えは出ないまま、意識は再び闇へ沈んでいった。
追われる者の運命は、まだ始まったばかりだった。




