第二章 「消えるジュリエッタ」①
その朝、ダンテス・クレイモン伯爵は、双子の長女ジュリエッタひとりを連れて、ヴァレー国の帝都へと向かっていた。王命から3日経っている。早いところ、済ませなければ間に合わなくなる、伯爵の頭には焦燥しかない。
噂に聞く闇魔法術師との手筈は整えていた。それにしても王から貰った支度金金貨の半分を要求されるとは思わなかった。値引き交渉も譲らない闇魔法術師のふてぶてしい態度は思い返しても腹立たしい。それでも、伯爵は、禁忌とされている闇魔法の術式に、自分自身と一族の命運を賭けた。
伯爵と娘のジュリエッタを乗せた馬車が、帝都にたどり着いたとき、頭上には煌々(こうこう)と光る満月が昇っていた。夜も更け、人通りもない。
ガタン。馬車が帝都の街中にある「ザイラス魔石店」の前で停まる。石畳の舗道、ショーウィンドウ越しにのぞく飾られた魔石にも月影が宿る。
「着いたよ、ジュリエッタ」
「はい……お父様」
魔石店の主人らしい老齢の人間が店の入り口で、待ち構えていたように、サッとドアを開け、親子に一礼した。主人の身なりは良い、執事のような黒仕立てのスーツを着ている。親子を下ろした馬車は帝都の街中へ、夜の闇に溶け込むように去っていく。
「こちらへどうぞ」
ジュリエッタは灯りのない店内でも赤・青・紫と様々な色が発光する魔石に眼をやる。伯爵は立ち止まって魔石に見とれる娘の手をつかみ、「行くぞ」と、主人の後を追うように歩き始めた。
魔石店の入り口から小さな店内だと予想していた二人は、店の奥行きが細く長くあることに面食らった。あんなに小さな店構えなのに、こんな先にまで通路があるとは。
「さあ、こちらです」
主人がドアの前に立つと、コンと軽くノックをして、ドアを開けた。ひやりとした空気が漂う。部屋の真ん中に置かれているのは白いベッド。ベッドの上には金属の手錠、下側には足輪のような拘束具が置かれていた。
ヒャッとジュリエッタが叫ぶ。壁の本棚の棚上には、かつらのような様々な色の頭髪に交じり、ビン入りの人の眼球が並んでいたからだ。
その眼球は、黒、こげちゃ、赤、緑、青。それぞれが一対になり、水の入ったびん底にゴロッと沈んでいる。数十もの両眼が、こちらをジッと見ている。
さながら殺人鬼が蒐集したような眼球コレクションのように。
ジュリエッタは「いやぁぁ……お父様、帰りましょう……私、やっぱりやめます」と伯爵の腕を掴み、その場から一歩退く。
「いまさら、なにを言っているんだ、ジュリエッタ!!」
生まれて初めて父に怒声を浴びせられ、ジュリエッタは、震える
身体で、ポロポロと、こぼれる涙が止まらない。
「やってくれ」伯爵の荒げた声。
部屋の隅にいた褐色肌の二人の男たちが、ジュリエッタの前に出てきて、それぞれがジュリエッタの片手をつかみ、ベッドへと引っ張る。抵抗して足を踏ん張るジュリエッタはズルズルと引きずられるようにして、あああっと呻きながらも、無理やりベッドへ寝かせられと、手足をガチャンと拘束された。
「いやあああああ……いやぁ……た、助けてぇー」
泣き叫ぶジュリエッタの口に、男の一人が手慣れたように口の拘束バンドで押さえつける。ううっと悲痛な声をあげるジュリエッタ。
「娘には痛みを与えないようにしてくれ」
伯爵は見るに見かねたように呟いた。




