第十三章 「崇高な正義」①
---ヴァレー国 エンゲル公爵邸---
ドイト・エンゲル公爵邸の門前は、朝の霧がまだ地面にまとわりつく時間帯だった。
だが、その空気は、張り詰めた怒気によって裂かれている。
「教会の全部を爆発するなんて、どういう事なんだ、トーマス」
騎士のジャンは、執事トーマスの胸倉をつかみ、低く唸るように問い詰めていた。
声は抑えられているが、その奥に溜まった怒りは、今にも噴き出しそうだった。
トーマスは沈黙している。
ジャンに向けられているのは、冷えた視線。
「なんとか言ったらどうなんだ。……もともとの計画は、夜中に教会のひとつ、ふたつ爆発するだけ。その爆発だって、机が軽くふっとぶ、お遊び程度のものだったんじゃないのか……」
ジャンの声が震える。
「それなのに、オルドリア・ドミナス派もオルドリア・ミゼリア派も、ヴァレー国内の教会全部狙うなんて、俺は聞いてないぞ。どれだけ被害が出たと思っているんだ。まわりの民家も爆発の巻き添えで死人がでているんだぞ」
怒りは、すでに頂点だった。
胸ぐらを掴まれたままのトーマスは、ゆっくりとジャンの手首に自分の指をかけ、静かに、しかし確実に振り払った。
「大事を為すには、多少の犠牲は付き物ですよ、ジャン」
淡々とした声で言う。
「……あなたが送ってきた情報を元になっているのを、お忘れですか。あなたがオルドリア・ドミナス派とオルドリア・ミゼリア派の教会の、どこに爆弾を設置すればいいかを教えたんじゃないですか」
ジャンの眉が歪む。
「確かに……爆発時間は夜中から朝に変更しました。でもそれは想定の範囲内です」
「おまえ、正気で物を言っているのか!」
目元をヒクヒク痙攣させるジャン。
「おまえの作った爆弾で人を殺して、正義を説き、それでオルドリア正教の信者と言えるのか!」
だが、トーマスの表情は揺れない。言葉は静かに放たれる。
「では、ジャン、あなたに問いましょう」
「オルドリア・ドミナス派とオルドリア・ミゼリア派が、王宮からの支援金を着服し、神父らが私腹を肥やし、聖女を放任して酷使させ寿命を縮めさせる。そのために、次に“奇跡の聖女”が覚醒するまで、信者は聖女の恩恵を受けることが出来ない」
一拍置き、続けた。
「これはすべて、二派の教義が間違っているためなのです。我々ルクス派は、“聖女こそ光の源”であり、光としての聖女を崇めると同時に、聖女の持ちうる五十年という時間を、適正に管理していく」
トーマスの声に、微かな熱が宿る。
「そうしなければ、やっと誕生した聖女が十年で力尽き、次の四十年は聖女不在の時間を待たねばならないのです。私も、ドイト・エンゲル公爵様も、聖女様が無事に存命してくださっていたら、妻子を病などで奪われずに済んだんです」
ジャンは、吐き捨てるように言った。
「ご大層な言い方だな、そんな私怨のせいで、教会を爆破したのか……こんなのがオルドリア正教の本質じゃない。どうかしてる。お前も、公爵様も」
その言葉を、少し離れた場所で聞いていたガイは、愕然と立ち尽くしていた。
彼はいま、ジャンに師事する見習い騎士だった。
周囲には、今回の爆発に加担させられた、エンゲル公爵に雇われた騎士たちが十人ほど集まっていた。
「おまえらに踊らされて、直接手を汚したのは、現場の俺たちなんだぞ」
一人が叫ぶと、
「そうだ」「そうだ」
と、同意の声が続いた。
ジャンは彼らに背を向け、はっきりと言い放った。
「俺はもう、お前たちとは関わらない」
そして振り返り、十人の騎士に告げる。
「おまえたち、公爵様についていきたい奴は、ここに残れ。判断は任せる。俺は、もう、こいつや公爵様にはついていけないっ」
「俺についてきたい奴は勝手についてこい。……“崇高な正義”のルクス派にくみしたいやつは、この俺についてこい」
踵を返すジャンの背中に、ガイは迷いなく声を投げた。
「僕は、あなたについていきます」
その瞬間、十人の騎士全員が、ジャンの後に続いた。
誰一人、門前には残らなかった。
トーマスは、ジャンの背中を見つめ、静かに溜め息をつく。
ふと視線を上げると、屋敷の窓辺に、ドイト・エンゲル公爵の姿があった。
(まだまだ青いな……正義が力ではない、力こそが正義なのだ。オルドリア・ルクス派が“崇高な正義”を掲げていくためには、教義を歪めて解釈する者を、掃討しなければならない。そのための粛清の爆破だ)




