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第十二章 「チートスキル」③

「ア、アンジェさん、あなたは黒狼と会話ができるんですか?」

眼を丸くした神父が、アンジェ(川野)の金のタトゥーを眺めつつ、嬉しそうに言う。



(……あ、また聖女に変身するかもしれないとか、思われてるっぽい……)



「いえいえ、あの黒狼は、実は黒狼じゃなくて……狼男っていうか……」


「狼男?」


「あの、ドラキュラの天敵でいるじゃないですか、狼男!」



「どらきゅら……わかりません……」

 しゅんとする神父に、アンジェ(川野)は笑って誤魔化した。



「まあ、敵じゃないってことで! ふうっ……」




外は日暮れてきた。

教会の屋根が落ちた空間から星が見える。

アンジェ(川野)は住民からもらった固いパンをかじりながら、教会の片隅にあるピアノに眼をとめた。


(この世界に……ピアノがあるの!? )

近寄り、一鍵ずつ鍵盤に触れてみた。

ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド。

音は……出る。




そこへ少年がやってくる。

「おねえさん、ピアノが弾けるの? なにか弾いて、聞きたい!」


「え? ピアノ好きなの?」


「うん! 弾いて弾いて~」



(と、言われても……ピアノは小五までしか習ってないんだけど……)



それでもアンジェ(川野)は椅子に座る。


(30年ぶりだよね……なんかミスタッチしそう……)



アンジェ(川野)が鍵盤に手を置いた瞬間――。




手が、ぼわぁーん、一回り大きく、指も、五センチ、びゅんと伸びた。


「うっ、うわっ、うわわっ!」


(なに、この大きい男の手! 細っ、ピアニストの手? 弾けるんかい、この手で。ええい、もうどうとでもなれー!)


小5の時に、最後に引いた、ベートーヴェン『エリーゼのために』……譜面覚えてたかな、私の指……。



音楽の教科書で見た、大きなリストの手が、滑らかに、それでいて、微妙な表現のニュアンスを、指先から奏でていく。



アンジェ(川野)の頭上に50インチ程度のスクリーンが現れ、映像が流れる。

映し出されたのは金髪の少女エリーゼ、初老の画家の男性、その姿を眺める青年のベートーヴェン。


映画のワンシーンのような映像だ。

画面にアップされるのは庭園の緑。噴水のそばにはティーテーブルが見える。

黄色と白の小さな花が咲いている木の下で、微笑むエリーゼ。

初老の画家はエリーゼの姿形をそのままに、絵具を塗った絵筆でキャンバスへ落とし込んでいく。


キャンバスに描かれるエリーゼがズームアップされる。

画家が見上げると、微笑む令嬢のエリーゼの髪が微風にそよぐ。

エリーゼが手で髪を押さえ、ふと見上げた先にいるのは、若き日のベートーヴェン。

エリーゼに恋焦がれる瞳……映像はピアノの鍵盤に変わり、若き日のベートーヴェンが華麗にピアノを弾いていく。


音はない。

けれど指先が触れる鍵盤は『エリーゼのために』の譜面と同じ。

旋律はドラマティックに愛を奏でていく、空の蒼さと、そよ風の心地よさを乗せて……



どすん、どたん、と、アンジェ(川野)の演奏を聴いていた領民が倒れていく。



アンジェ(川野)は思い出した。

リストの超絶な技巧によるピアノの演奏で観客が倒れていったこと、を。


いままさに、自分がリストの手で再現している。

時に華麗に、時に大胆に、心を揺らし続けていく、ベートーヴェンの恋しさが溢れるエリーゼへの告白の音。



(ショパン国際コンクールで優勝……どころじゃない……この超絶なテクニック……ムーントリーホールの大会場でコンサートが開ける……集え、2000人……美し過ぎる……『エリーゼのために』って、こんなにも感動する曲だったの……演奏している私でさえ、泣けてくる……)



アンジェ(川野)の頬を涙が、はらはらと落ちていく。鼻をすすりながらも、手は鍵盤から離れない。



演奏が終わると、ベートーヴェンの映像はスッと消えた。



アンジェ(川野)の複雑な心境をよそに、曲を弾き終わった瞬間、全員総立ち、拍手の嵐、そして、「もっと弾いてー」のアンコールが待っていた。



やっとの思いで、ブンと鼻をかむ。アンジェ(川野)は、じっと手を見る。



(えええ……これが、私のチートスキル? 異世界にコンクールもコンサートもないんだけど……そもそものゲームがショボいからね……これが異世界で頂く、私の才能なのね……まあ、皆さんが喜んでもらえる演奏が出来たのは良かった……としよう)



「皆さん、ありがとぉー。では、もう一曲、弾かせて頂きますね、次はトルコ行進曲」

盛大な拍手に、感動を覚えるアンジェ(川野)はニンマリ口元が緩む。

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