第十二章 「チートスキル」①
アンジェ(川野)は、転生前に被災地でボランティア活動をした経験はなかった。
あるのは、テレビやネットニュースで断片的に見た映像だけだ。
瓦礫に覆われた街、毛布にくるまる人々、懸命に指示を出す誰かの背中。
何をどの順番でやればいいのか、わからなかった。それでもアンジェ(川野)は立ち止まらなかった。
教会内に残る瓦礫を住民たちと一緒に片付け、わずかに無事だった床に場所を作る。
そこへケガ人を運び入れ、状態を見て分けることを優先した。
重病者、軽症者――それは専門知識のないアンジェ(川野)にとって、ほとんど勘に近い判断だったが、「今すぐ命に関わるかどうか」だけは必死に見極めた。
トリアージっぽく、ケガ人を分ける方法。そして治癒魔法師バルジャンへ治療を頼んだ。
バルジャンは黙々と魔法を使い続けた。額に汗を浮かべながらも、彼の両手から白いモヤが出ると、軽症は7割強までは回復したようだった。
老若男女、誰一人として蔑ろにしない。その姿に、アンジェ(川野)は有難すぎると、何度も頭を下げた。
そんな時、バルジャンがニコッと微笑んで見せる。
アンジェ(川野)の心は、ほのぼのとした気持ちでいっぱいになる。
(……ありがとうって言いたいのは私の方だよ……ほんと)
ケガの軽い神父たちも次々と、惜しみなく協力し始めてくれていた。
アンジェ(川野)の指図した通り、水や食料、毛布などの分配を行ってくれる。
アンジェ(川野)のいる教会は、街の中心地から少し離れていたせいもあり、今回の爆破で家屋の完全倒壊は一軒も無かった。それが唯一、不幸中の幸いだった。
半壊した家々の住民たちは暗い表情で、教会へ来はじめていた。
住民からは、
「混乱に乗じて、帝都をはじめとした通路に夜盗が出はじめているそうです」
「物資が思うように届かない。今後は食料が不足するかもしれません」
と、この先の不安が募るようなことばかり伝えられ、肩を落とす神父に、アンジェ(川野)は、もっと何か出来ないのだろうか、自分の能力不足に苛立ちを覚えた。
はたして、神父や近隣住民、治癒魔法師バルジャンへ、あれこれ指示を出す状態は、正しいものなのか、方向性は間違っていないのだろうか。
正直、自信はなかった。
闇雲に動いている気がする……でも 乙女ゲームの世界の住民は、皆うろたえているばかり。誰もが祈るだけ。
前世で、リーダーになったことも、役職者になったこともないから、人に指示をする行為そのものが、正直ためらわれた。
誰もやらないから、私がやるしかない。
それで反発されたら、どうしようと思っていたが、皆が、アンジェの指示に従ってくれる。
それが救いだった。
「私は、あなたに付いていきますよ、アンジェさん」とバルジャンに肩を叩かれた時には、いつもの調子で、美形くううっと内心唸らずにはいられない、アンジェ(川野)だった。
(……教会に集まって来る人が多くなってきてる……食料、足りなくなるかも……)
アンジェ(川野)はふと不安になり、神父に訊ねた。
「神父様、食料なんですが、教会内に食料の在庫は蓄えていますか?」
「我々の日々の食べ物は数日分しかありません。オルドリア正教の教義では、食べ物を捨てたり粗末にすることが禁じられています。そのため信者のほとんどは備蓄の食料はないはずです」
「ううう……」
思わず、うなってしまう。
(防災意識はない……のね。まあ、私も部屋に水のペットボトルと乾パンぐらいしか用意してなかったから、人のこと言えないけど……)
夕方になる頃、軽症者はバルジャンの治癒魔法で回復していた。
だが、家屋が半壊している住民も多く、しばらくは教会に泊まる者も多くなりそうだった。
重症者に至っては、回復に数週間かかるらしい。
バルジャンの治癒魔法にも、限界があるようだったが、「ゆっくり、やっていきましょう」と言われ、アンジェ(川野)ほど心配していない様子にもホッとさせられた。
(転生したのに……)
魔法が使えるわけでもない。神や女神が現れて「好きな能力を選べ」なんてこともない。
アンジェ(川野)は、ぼそっと声に出した。
「転生させてくれたんなら、チートスキルのひとつでも、くださいよ、神様、女神様、仏様……それと聖女様!」
――しかし、いつまで待っても、何も起こらない。




