第十一章 「聖女候補者アンジェ」①
---クレイモン伯爵領内 オルドリア正教教会 教会爆破直後---
教会は、もはや祈りの場ではなかった。
崩れ落ちた石壁、焼け焦げた梁、粉塵に覆われた床。その中心でアンジェ(川野)は膝をつき、荒い息を整えていた。
爆発の衝撃で、アンジェ(川野)自身も肩と脚に擦り傷を負っていた。
だが、それ以上に目に焼きついたのは、爆発に巻き込まれ、命を落とした人々の姿だった。
神父だけではない。
教会の近隣に住んでいた住民、通りがかりの商人、子どもを連れた母親。即死した者もいれば、瓦礫の下でうめき声を上げている者もいた。
アンジェ(川野)の胸は、強く締めつけられた。
(……ひどすぎる)
彼女の脳裏に、蘇るのは前世の、震災の記憶。
震災や災害のあと、病院では負傷者が手当てを受け、体育館は避難所となり、水や食料、毛布が配られていた。役所の人間が奔走し、ボランティアが集まり、人々は互いに助け合っていた。
――しかし、ここは異世界。
常識も、制度も、何もかもが違う。
アンジェ(川野)は立ち上がり、呆然と立ち尽くす神父に近づいた。
「神父様、避難所はどこですか?」
神父は困惑した顔で首を傾げる。
「ひなんじょ、とはなんのことでしょう」
「災害にあった人が、一時的にまとまって避難する場所のことです」
神父は少し考え込み、瓦礫の山となった教会の中心を手で指した。
「それは、教会です。戦争や、疫病が広まった時には、ここで」
アンジェ(川野)は思わず視線を追う。
そこには、もう「集まれる場所」など残っていなかった。
「ここに信者も信者でない方も集まります。ですが、もう100年以上、災害も戦争も起こっていないのです。信者が教会に集まろうと思われるかどうか、疑問です」
アンジェ(川野)は深くため息をついた。
納得してしまう自分が、どこか悔しかった。
(そうだよね……ここはそもそも乙女ゲームの世界。戦争とか殺し合いはあっても、避難とか復興なんて想定外なんだ)
ふと、別の考えが浮かぶ。
(……待って。私、転生者だよね? もしかして、チートスキルとか有ったりするかも……)
期待が胸を弾ませた。
がれきの撤去、家の修復、魔法で一気に解決できたら……
アンジェ(川野)は両腕を前に突き出し、上下に振りながら叫んだ。
「カメハメ派――!」
何も起こらない。
「……呪文の方かな……えっと……『パラレル、パラレル、ルンルン?』 うーん、月に向かってとお仕置き……はないよね、さすがに」
神父は、きょとんとした顔でアンジェを見ていた。
アンジェ(川野)は我に返り、頭をポリポリかき、えへへと笑いゴマかした。




