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第一章 ”金の指輪のタトゥー”と皇女③

---ヴァレー国 クレイモン伯爵邸---



その翌日の夕方、ヴァレー国内の南、鉱山近くに領土を持つ、クレイモン伯爵家に、皇室騎士団の白馬が駆け付けた。馬から降り立った護衛騎士エルジーは、王命を読み上げると、クレイモン伯爵家の当主、ダンテス・クレイモン伯爵は、中高年らしい脂の乗った腹をポンッと一叩きし、



「これはこれはご苦労。王命、確かに承った。さすれば当方に身支度等あるため、1週間ほど猶予を賜りたい……まあ、物入りも、色々とあるしなぁ」



ニヤニヤと薄笑いを浮かべる伯爵に、護衛騎士エルジーは内心、(セコいじじぃ……)と毒づく。



護衛騎士エルジーは馬の脇にある袋から、金貨入りの巾着袋を取り出すと、伯爵へ手渡した。



ずっしりと思い金貨入りの巾着袋を、ホッホッホッと下卑た笑いで受け取った伯爵は、



「ご苦労であった」と一言。



屋敷のドアの奥から、この様子を妻のマリーネ・クレイモン伯爵夫人と、双子の姉妹、ジュリエッタとジュリエッテが眺めていた。



(茶の一杯とは言わないが、水の一杯も無いのかよ、一日半駆け抜けてきたっていうのに……こんな家で育った皇女が国王になるなんて……ああ、情けない時世に生まれてきちまったもんだ……)護衛騎士エルジーは空を眺めると、すでに宵闇が迫っていた。



「まあ、あなた、いったい幾らもらったの」


「お父様、私、買いたいドレスがあるの」


「いやだ、お姉さま、私だって買いたいドレスもネックレスもある

わ」


「もうもう、およしなさい、あなたたち。買うものは、みんなで決

めましょう」



夫婦と娘たちがキャッキャとはしゃぎながら、テーブルの上に金貨を広げて数えている様を、長男のガイは食事を()りながら、冷ややかに眺めていた。



ダンテス・クレイモン伯爵は、国王ハウゼンの亡き王妃の妹マリーネと結婚し、双子の姉妹をもうけていた。が、マリーネと結婚する2年前に、屋敷内で住まわせていた愛人との間に男子のガイを授かっていた。



クレイモン伯爵家は代々、アッシュブラウン系の茶色味の濃い髪色でヘーゼルナッツ色の瞳を持つのが特徴だったが、愛人に似た風貌のガイはブロンドの碧眼のため、公爵夫人から嫌悪を抱かれていた。



にもかかわらず、母とは別に、双子の姉妹は、長身で姿形の美しい兄がお気に入り。妾腹の忌々しさは、もはやどうでもよかった。ガイに気に入られたい、優しい言葉のひとつでもかけて、自分だけを見てもらいたかった。



彼女たちが、それほどまでガイを気に入っている大きな理由。ガイは伯爵家姉妹の人生史上、最大で最高の至福を味合わせてくれるからだ。



至福となった事の発端は、姉妹が王宮主催の舞踏会でデビューをした15才の年。令嬢も夫人もみな17才のガイに熱く恋焦がれた視線を送りつける様子を姉妹は見てとった。



ガイの気を引こうと果敢にもダンスをねだりにくる貴族の夫人や公爵令嬢など、自分たちより爵位の高い令嬢をよそに、姉妹たちはガイを独占して踊り続け、周囲から羨望の眼差しを一心に浴び続けた。舞踏会があるごとに、姉妹は至福を味わい、語り合う「ああ、たまらないわ、あの快感っ!」「ガイ、さまさまね」 



長女のジュリエッタがテーブルでスープを飲むガイに駆け寄り、耳元でそっと囁く。



「ガイ兄さま、あなたの欲しいものがあったら買ってあげるから、私だけに教えてね、私だけよ」ウフフ。



その様子を眼の端に停めた次女のジュリエッテが、

「おねえさまー、ずるーぃ、また、ガイ兄さまを独り占めにして……ねぇ、ガイ兄さま、何か欲しいものがあったら、お姉さまではなくって、私が買ってあげるから、必ず言ってね、や・く・そ・く」

と、一オクターブ高い声で。



ガイは切れ長の碧眼で姉妹を見つめ、ニッコリとほほ笑む。




「欲しいものはないよ、こんな可愛い妹たちがいるだけで十分なんだから」



ガイは、内心、ケッと思い、心にもないことを平然と言う自分に、悔しさをも感じる。だが姉妹を小馬鹿にする姿は素振りにも見せない。調子よく姉妹をあしらっておけば、養女で妹のアンジェへの嫌がらせや、イジメの矛先が向かわないと知っていたからだ。



「ちょっと、なに見てるのよ、アンジェ。私たちのガイ兄さまに、そんな色目を使わないでちょうだい」

ジュリエッテの鋭い言葉に、アンジェは「申し訳ありません」と深々と頭を下げて、テーブルで食事の皿を並べ続けている。



「お父様、私も金貨を数えたーい」そう言って姉妹たちは、きゃっきゃっと、金貨を数えることに夢中になっている両親の元へ、飛んで行く。



 ンジェは盛り付けられた料理の皿を並べ終えると、ダンテス家の一同に向かって、ペコッと頭を下げた。誰も何も言わないから、出ていって大丈夫なはずだ。ガイが哀しそうな表情で自分を見てい

たが、「大丈夫」と無理に微笑んでみせた。



ガイはその様子を見て、やるせない気持ちのまま、小さく溜息をついた。



12年前、アンジェが5歳で養女になったとき、「血は繋がっていないけれど、親戚なんだから私たちが面倒を見てあげるよ」と声をかけてくれたダンテス・クレイモン伯爵と、「あなたの母だと思ってちょうだい」と手を差し伸べてくれたマリーネ・クレイモン伯爵夫人。彼らの態度がすべて演技によるものだったことに、当時は気づかなかったし、気づくすべもなかったアンジェだった。



今にして思えば、伯爵も夫人も、何かの思惑で自分を引き取ったのではないか。けれども両親には財産などなかった。両親と弟との笑顔に優しい時間は、あの事故で消えた。再び、あんな優しい時間がやって来るかと思っていたら、引き取られてすぐに、伯爵と夫人から、ひどい言葉を投げつけられた。「他人のおまえを育ててやっているんだから、有難く思いなさい」と。



いつもの恩着せがましく言われる言葉も、姉妹たちのお下がりの服をもらう生活にも、アンジェはいつしか慣れてしまった。



とは言え、伯爵には、なんの王命が下ったのか、テーブルに積まれた数百枚もの金貨がもたらされた理由は、なんなのか。まったく知らされず、蚊帳の外にいる気分でいるのは、寂しい気がした……あれっ、今まで、蚊帳の外にいる気分、そんなことなんて考えなかった気がするけれど……不思議な感覚に襲われるアンジェだった。



コンコンコン、部屋のドアを軽くノックする音。アンジェは慌ててドアに走り寄ろうとして、スッテンと転んだ。開いたドアから転んだアンジェを見たガイが、クックッと笑う。



「もう、ガイ兄さま、笑わないで……いったぁー」起き上がって服のホコリをパンッパンッと払う。



「アンジェ、相変わらずだな。見てて飽きないよ」ハッハッ。



「はいはい、飽きてくれなくって、ありがとうございました」ムスッ。



「怒るなよ、アンジェ……まあ怒った顔も好きだよ」



「ガイ兄さまったら……」



頬を赤らめ、ムスッとした顔のアンジェが可愛らしい、クレイモン家の「妹」はアンジェひとりで十分だ。ガイは思い出していた。アンジェが養女としてやって来た頃、夜になると「絵本を読んで」と、ガイのベッドに潜り込んでくるアンジェを。絵本を読み聞かせているうちに二人とも寝てしまい、朝になって起きると、ベッドの下に転落し、床に転がって寝ているアンジェの姿。ガイはまたプッと笑った。



「それで、何か、御用でも? 思い出し笑いがお得意のガイ兄さま」ご機嫌斜めのアンジェに、



「家中、騒がしいから、アンジェの顔を見て、落ち着こうと思って来ただけさ」



「あれ、なんだったの、王命って。それに、あんなにたくさんの金貨を貰うなんて」



ガイは、思わず、そっぽを向く。伯爵から、アンジェには、この事は絶対に話さないようにと口止めされていただけではなく、「おまえがアンジェに話したら、アンジェは生かしておけない」と脅されていたからだ。



アンジェのクリッとした瞳で見つめられると、嘘をつくのも心苦しいが、これもアンジェを守るためだ、と自分自身に言い聞かせ、アンジェの眼を見ることができず、彼女の薬指のタトゥーに眼を向け

た。



「何か……皇室での用事を言いつかったんだろう……僕たちには関係ないさ」と伏し目がちに呟き、



「……おやすみ、僕の可愛い妹」と、アンジェの頭を軽く叩き、ガイは部屋を出た。



本心では「妹」なんて思ってはいない。けれど、この気持ちだけは誰にも知られちゃいけない、僕とアンジェが幸せになるために。いつか二人でこの家を出ていく日まで。ドアをバタンと閉めたガイは、口をきゅっと結んだ。



 ガイは廊下越し、ダンテス伯爵の寝室から「お母様はね、あなたの未来のためを思っているのよ」「そうだ、おまえの幸せのためなんだ」と話す夫妻の声と、「ひどいわ」「あんまりよ」そう言いながら泣きじゃくる双子の声を聴いた。

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