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第十章 「告発の行方」①

---ヴァレー国 クレイモン伯爵家邸内---



教会爆破の混乱は、クレイモン伯爵家にも重く影を落としていた。

朝から領内も屋敷内も騒然としていた。


鐘の音が鳴るはずの時刻に響いたのは、祈りではなく破壊の轟音。

瓦礫に埋もれた聖堂、血に濡れた祭具、消息を絶った神父たち。


ガイは屋敷の裏庭で、その(しら)せを、使用人たちのざわめきから聞いた。

そして同時に、胸の奥に沈めていた決意が、静かに浮かび上がるのを感じた。


(……もう、待てない)



父伯爵の反逆行為。

本物の皇女はアンジェであり、王宮にいる皇女は従妹のジュリエッタであるという事実。



ガイが、自分の決意を固めようとした矢先、アンジェが消えるように、いなくなってしまった。

何も言わず、一人で逃げたのだろうか、聖女狩りの奴らに連れ去られただろうか……不安だけがよぎる。



それでも、彼女が生きている可能性があるのなら、真実を明らかにしなければならない。

たとえ、断罪されようとも。



ガイは机に向かい、震える指で王宮宛てに手紙を書いた。

宛先は王宮の監察官。

差出人は記さず、事実だけを簡潔に綴った。

が、その手紙は出せなかった。


教会爆破による街道封鎖と混乱で通信手段は遮断されてしまったからだ。

手紙はガイのポケットに隠されることとなった。



一方、屋敷の中では、別の歯車が回り始めていた。



朝、伯爵夫人マリーネ・クレイモンは、侍女から報告を受けていた。



「奥様……アンジェ様のお部屋ですが、どなたもおらず、着替えも私物もなくなっております」


夫人のマリーネは一瞬、目を伏せた。

そして、すべてを理解した顔で、静かに息を吐く。

(逃げたのね、アンジェ……)


そのとき、扉が開き、娘のジュリエッテが入ってきた。

ボンッと大きく、臨月のように膨らんだ腹部に、侍女は思わず息を呑んだ。



「……お嬢様、それは……」



マリーネは一瞬で理解した。

数日前、占い師に施させた“魔術”の成果だ、と。

母と娘は、何も言わずに視線を交わした。

それで十分だった。



一方、屋敷の外では、伯爵が、薪割りをしているガイのところへ、 血相を変えて飛んで来た。

伯爵の剣幕に、何事かとガイは斧を地面へ降ろした。



次の瞬間、伯爵はガイの胸ぐらを掴み、怒鳴りつけた。



「貴様……まだ結婚前にジュリエッテと関係を持つとは、どういう了見だ! 婿にやるのは、アンジェを始末してからだと言っただろう!」


「伯爵、私は……」


「アンジェまで逃がしやがって。全部、お前の仕業だな!」


伯爵の拳がガイの頬へ飛ぶ。

殴られたガイは、よろめきながらも、倒れないよう踏ん張る。



「僕は、アンジェを逃がしていません。それに……ジュリエッテの父親じゃありません。彼女とは、何の関係もあり……」



再びの伯爵の怒りの拳で、ガイは倒れた。

ガイは口の中に広がる、血の味に、ペッと唾を吐いた。



「おい、こいつを連れて行け。いますぐだ。地下牢へ閉じ込めておけ」



倒れこむガイを、使用人の男たちが引きずっていく。



「よう、ガイ坊っちゃん。お嬢様二人に手を出したんだってな、ハッ」


「二人とは、お盛んだな。妹と、義理の妹。どっちの方が良かったんだ」


「けっ、一人でいい思いをしやがって。ゆっくり、頭を冷やしとくんだな、ざまあみろ」



男たちの嘲笑がガイの背中に突き刺さる。



ガチャン。

地下牢の鉄格子が閉まった瞬間、ガイはふっと笑う。

(……逃げたなら、アンジェは生きている)



運よく服の内側に隠し持つ“告白の書簡”は奪われなかった。

それは、唯一の救いだった。

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