第八章 「前世の記憶」⑤
川野星流は眼を開けた。
眼を……ぱちくり……
(借りているマンションの部屋じゃないよぉぉ、ここ、ここ、ここ!! )
「ここっ、ここっ、どこ……」
空想の鶏が、目の前を走っていく、ココッ、コケコッコー♪
(もぉっニワトリかーい!! 自分で突っ込んでるし……)
「マジで、どこよぉぉぉぉ----」
と、大声で叫んで、はっと口に手をあてる。
知らないところで大声を出すのは危ないかも、と。
ドアがバタンと開き、見たことのある青年が走り寄ってくる。
「……アンジェ! アンジェ! 気が付いたの? 」
「はあ? アンジェ……って、 あん? アンジェ? 私? うっそぉ」
(アンジェって、マジカルラブムーンのアンジェ? 17歳の?……中の人……40歳なんだけど……)
目の前にいる青年が、ぐいっと顔を近づけ、覗き込む。
(ぎょっ、ヤバイ、この顔面偏差値の高さっ)
(長身、金髪、碧眼、西洋人っ!! )
(くううううっ)
「大丈夫? ずっと起きないから心配してたんだ」
(イケメン美少年に心配されるとか、なによ、このご褒美ぃ。あれ?朝比奈玲也様じゃないですか、この声? )
「あ? あ、えっと、特に、痛くはないような……」
(れぇーやぁさぁまぁーっ。すてきぃー、やだぁ、嬉しすぎるぅ)
「ほんとうに? 真っ赤だよ、顔」
(……いや、これは反則。おにいさん……れえーやさまぁ、顔が近いからだって)
「う、うん……たぶん……」
アンジェの中の川野星流は視線を逸らした。
(顔が火照り過ぎるぅぅ)
(……ここが、あのショボい乙女ゲームの世界だなんて……まさか大学生の頃に徹夜でプレイした世界へ転生するって、あり?……あれ? このままだと死んじゃう。待って……ここにいるってことは、缶チューハイ4本飲んで、急性アルコール中毒死亡……とか? それしか思い当たらないよ……ああ、情けないっていうか、恥いっていうか。どうするよ、私。破滅ルートか溺愛ルートの二択の世界……詰んだ……おじいちゃーん、おばあちゃーん、先に死んでごめーん)
「アンジェ」
ガイがアンジェの頭を優しく撫ではじめた。
(ちょって待って……ガイ……ヤバイ・ヤツ・だよね)
「ううっ、でも尊い……」
「どうしたの……なにが尊いの? 」
(…低音が沁みるぅぅ、アンドハスキー。いや、待て待て。……尊い~。なんて言ってられないよ……優しそうな顔をしてるくせに、湖でアンジェを溺死させようとか、売春宿に売ろうとか、地下牢でアンジェを飼育しようとか考えてる、めちゃめちゃヤバイ義兄だよ、コイツ…)
「アンジェ? 」
どこからどう見ても義妹を心配する優しい義兄にしか見えない。
アンジェの中の川野星流は視線を逸らした。
「あん? あっ、ごめん, もうちょっと……横になりたいから、部屋を出てくれる? 心配してもらって悪いけど」
「えっ? また寝るの? ……そうだよね、辛い出来事があったからね……うん、わかった……」
ガイはアンジェの唇に軽くキスをした。
(……うわっ……うわわぁぁ)
ガイは、ニッコリ微笑み、「おやすみ」と言ってドアを出た。
アンジェの中の川野星流はその背中を見送りながら、ゲッとなる。
(溺死ルートなのに嬉しい……玲也さまと……キスしちゃったよぉぉぉ……死亡フラグの前に、優しくキスされるなんて……この続きを期待したくなるじゃん、あんまりだぁぁ。死にたくないよぉ、玲也さまぁ……)
枕をぎゅっと抱きしめるアンジェの中の川野星流。
(この世界は、ゲームの中だとしても……ここで生きている私の命は、本物。だったら攻略しなきゃね、破滅ルートも、溺愛ルートも、ぜぇったいに回避してやる!! 生き残って、前世より幸せになってやる。新たに幸せのルートを作ってやるぞぉ。うおおぉっー‼! いっぱぁーつぅ!! )
前世では、元夫と離婚してから、バツイチ子どもなし彼氏なしで、 非正規雇用で働き、その日暮らし。両親は中学生の頃に事故で死んでいるし、兄弟もいない。……すごい不幸じゃなかったけど、すごい幸せ
でもない、育ててくれた祖父母にサヨナラも言えないのが辛い、川野星流だった。




