第八章 「前世の記憶」③
その朝。
父の伯爵から物置小屋に呼び出されたガイは、嫌な予感を胸に秘めつつも扉を開けた。
伯爵が、ジロリと見つめる。
「ガイ……話がある」
伯爵は、獲物を見定めるような目で言った。
「ジュリエッタは、王宮でうまいことやってるようだ。だがな、アンジェがいる限り、いつジュリエッタの身に危険が迫るやも知れん。俺の言いたいことが、わかるだろう、ガイ」
伯爵は冷めかけた紅茶をズズッと啜る。
「ガイ、おまえがアンジェを想う気持ちもわかるつもりだ。だがそんなな事よりも、クレイモン家の命運の方が、ずうっと大事だ。これ以上、言わなくとも、おまえも大人なんだから、わかるだろう」
ガイは黙って聞いていた。
「損得で考えてみろ。ジュリエットの婿になれば、私の領地でガッポリ稼げるんだぞ。これからは税金の心配もなくなるしな。まあ、アンジェは殺すには惜しいほど美しく育った。……だが、このまま生かしてはおけん。どうしても生かしたいと言うなら、そうだな、地下牢にでも閉じ込めて慰め専用にしてもいいがな。俺たち専用のな、アッハッハ!!! 」
伯爵の下卑た笑いが部屋に広がる。
ガイは、拳を握りしめた。怒りで視界が揺れてくる。
やはり、この男は信用できない。
「偽皇女の話をアンジェに言わなければ命は保障する」と言った、どの口が言うんだ。
「……伯爵、わかりました」
声が震えないよう、必死に抑える。
「ただ、少しだけ猶予をいただけませんか。伯爵のおっしゃるとおり、殺すには惜しい女ですから……」
「そうか、そうか」
伯爵は満足そうに笑った。
「さすがは私の血を引くだけある。ものわかりがいい」
ガイは、今すぐにでも部屋から飛び出したかったが、少しでも怪しまれるとアンジェの身が危うい。ただ、そのことだけを考えた。
いつからだろう、この男を「父」と呼ばなくなったのは。
この男は「父」ではない、傲慢な「伯爵」の一人に過ぎない。
ガイは伯爵に呼ばれなければ、すぐにアンジェの部屋を訪ねたかった。
昨日の恐ろしい記憶がアンジェを苦しめているのではないか、そう思うと不安でたまらなかった。
今夜にでもこの家を出よう。そう決意した。
ガイはアンジェの部屋を訪れた。
コンコンとドアをノックしても反応がない。心配になって、ドアを開ける。
「アンジェ……」
深い眠りに入っているのか、もう昼が近いというのに、アンジェは熟睡している。
ガイはアンジェの額に手を当ててみた。
特に熱もない。
アンジェは、ガイがベッドを降り立った時と同じように、スヤスヤと寝入っている。
ガイはふっと笑うと「まだ夢の中だね……」と部屋から出て行った。
居間で寛いでいる伯爵夫人には「アンジェが熱を出したようで寝込んでいます」とだけ言っておいた。「まったく怠け者だね」と呟く伯爵夫人の声も気にはならない。
(……どうせ今夜は二人で、この家を出ていく。なんとでも言ってろ……)
ふっと笑いがこみ上げてきた。




