第八章 「前世の記憶」②
アンジェは小さく頷き、ガイに促されるままにベッドへ横になった。
ガイは彼女に布団をかけ、アンジェの隣へと滑り込む。
厚手のカーテンの隙間から、月光が差し込んでいる。
「アンジェ、こっちを向いて。顔をもっとよく見せて」
ガイの低く、甘い声に導かれるようにして、アンジェがゆっくりと寝返りを打った。
至近距離で見つめ合う二人は、お互いの吐息が触れ合った。
(……アンジェの空色の瞳……吸い込まれそうだ……この瞳にも口づけしたい……)
ガイは心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「いつまでもアンジェの顔を見ていたいよ……君のことが好きだから」
突然の告白に、アンジェは一瞬、息を止めた。
窓の外にある風の音も、ランプに飛び込んだ羽虫の音も、すべてが消え去っていく。
二人だけの世界。
二人だけの静寂の時。
「……私も……好き」
(……どうしよう……言っちゃった……)
その言葉がガイの耳に届いた瞬間、もう我慢できなくなったガイは、アンジェの唇を奪った。
それは初めて湖で交わした無邪気なキスではなく、一人の男性が一人の女性を愛し渇望する、魂の本音ともいうキスだった。
アンジェはぴくっと肩を震わせ、驚いた様子を見せたが、すぐにガイのキスを受け入れた。
唇を寄せては離し、離しては寄せ、ガイはアンジェの唇を何度も求めた。
いつまでも続くキスの中、アンジェの涙も乾いていった。
アンジェは身体は感じる、ガイの柔らかな唇の感触が安らぎに変わったことを。
ガイは、ようやく唇を離すと、アンジェの顔を見つめた。
アンジェの頬は、林檎のようにまっ赤に染まっている。
「アンジェ……僕の腕の中で、ずっとアンジェを。アンジェだけを抱きしめていたい」
ガイはアンジェの華奢な背中に手を回し、自分の胸にアンジェの顔を埋めさせた。
トクン、トクンと、二人の心臓の鼓動が重なり合い、一定のリズムを刻んでいく。
「このまま時間が止まったらいいのに……」
ガイの本心が口から漏れる。
明日の朝になれば、またアンジェは汚らわしい奴らに狙われる。
この世界は敵ばかりだ。
「……うん」
アンジェは夢心地のように答え、ガイの胸元に顔を押し当てた。
ガイは彼女を抱きしめたまま、その柔らかな銀髪を、ゆっくりと優しく撫で続けた。
しばらく経った頃、アンジェの身体から、ふっと力が抜け、規則正しい寝息が聞こえ始めた。
ようやく恐怖から解放されて眠りに落ちたのだろう。
ガイは眠るアンジェの横で、一晩中、顔を眺め続けた。
アンジェが眠る前に繋いで手を離したくなかった。空が明るくなり始め、ようやくガイはアンジェの手をそっと振りほどいた。
最後に一度だけ、音を立てないようにそっと唇にキスをした。
「愛しているよ、アンジェ。……世界中で全員が敵になったとしても……、僕だけは永遠に味方だからね……二人で旅立とう」と小さく呟いた。
ガイは静かにベッドを出た。部屋のドアの前で立ち止まり、幸福に満ちた寝顔をもう一度だけ振り返る。
「後で迎えにくるよ……アンジェ」
その言葉を残し、ガイは部屋を後にした。
扉を閉めた瞬間、ガイは今日でこの家とは決別してやる、その思いで漲っていた。




