第一章 ”金の指輪のタトゥー”と皇女②
---ヴァレー国 白亜の宮殿---
国王のハウゼン・ロッソ・ニルノーブルは齢81才まで、公務を行っていた。一人息子である皇子のフォールが皇位を捨てて、侍女と駆け落ちしてしまってから、ずっと。
過去、国王ハウゼンは亡き王妃の親戚筋である公爵家や、有力な貴族から養子を迎えることも考えた。
けれど王子候補として呼んだ少年たちは、王族たる知力や統率力の要因に欠けているものが多数。
国王ハウゼンは失望し、養子に期待することは辞め、結局、後継者がいないまま月日だけが過ぎていった。
そんな折り、国王ハウゼンが高熱を発し、起き上がることが出来ない状態まで病状が悪化してしまった。
皇室医の話では、国王自らが公務に就くことは無理であり、病状が回復したとしても、絶対安静状態が続くでしょう、と、閣議に集められた貴族に告げられたばかりだった。
(あの時、許してやれば良かった……)国王ハウゼンは、17年前に皇子フォールが、「彼女を妻に出来ないならば皇位など要らない」と、侍女の手を取り、王宮を走り去る後ろ姿に、唇を噛みしめた当時を思い出し、悔やまれた。
(あんなに愛し合っていたとは……すまなかった……フォールよ……)
国王ハウゼンは、フォールが駆け落ち後、息子と娘が産まれていたこと。さらには、皇室を出て行ってから5年後に、馬車同士の接触事故で一家3人が死亡したことを、侍従長のヨハネスから、それとなく聞かされて知っていた。
奇跡的に、娘だけは馬車に乗り合わせず、風邪で寝込んでいたせいで命が救われたとの報告が、昨日のことのように感じられる。あの当時はフォールへの苛立たしさと、廃位の悔しさもあり、孫娘のことは一切構ってこなかったことも今更ながらに悔やまれた。
国王ハウゼンは侍従長ヨハネスを病床へ呼びつけた。
「ヨハネス……フォールの子を探してくれ。女の子だ……いま17歳になっているだろう……早く、私の跡を継いで……」
ゴホッゴホッと咳き込み、話す言葉も詰まる国王ハウゼン。かつての鋭い眼光も、威光を放つ声もなく、そこには、頬がゴツソリとこけた、やせ衰えた老人が寝ているようだ。
「殿下、無理をなされないで下さい。フォール様のご息女は早急に探せます。ご王命、確かに承りました」
白髪が混じる黒服の侍従長ヨハネスは、国王ハウゼンのベッドから遠からず、近からずの距離にいる数人の侍女に向かい、顎をしゃくりあげると、侍女たちは一斉に国王ハウゼンの下へ駆け寄り、国王の顔や手を、かいがいしく拭き始めた。
侍従長ヨハネスは宮殿の長い廊下から執務室へと向かう。
いま実質公務を行っているのは、侍従長ヨハネスの10名の部下たちだ。彼らが、宮廷内公務と行政や財務事務に携わっており、侍従長ヨハネスは部下の監督指揮をも担っていた。
国王ハウゼンが病床に伏してからというもの、侍従長ヨハネスの仕事は増える一方、多忙を究めていた。
それに加えての、皇女探し。皇女が身を寄せたのは亡き王妃の血筋である伯爵家。探すアテがあるからいいにしても、皇女を迎えた際、皇族として、一から皇室教育指導プログラムの作成に、教師の手配、宮殿内の室内準備、侍女の割り当て、調度品や服飾品など、目白押しの作業が待ち受けている。肩の荷は減りそうにない。
(国王が、お元気なうちに皇女を迎えてくださっていれば……)ふっと溜息をつく。
そう、ボヤきたくなる侍従長ヨハネスだった。




