第七章 「満月の夜」②
その男は、地に膝をついた。
男は、サンクロニア世界の東にあるラント公国の第一王子。
名を、ルーク・バデス・クロイドと言う。
騎士の装束に身を戻した彼は、金色の瞳をパチリと開く。
呼吸を整え、空を仰いだ。
風が生温かい。
「……いっそ、このまま狼でいた方が楽かもしれないな」
ぼそっと呟いた。
満月の夜に一度だけ、人間へと戻る。
その生活を彼は48年繰り返し続けていた。
黒狼の彼、ルーク。
以前、一度だけ、甘い香りの少女に出会ったことがある。
満月の夜、ルークは人間の姿に変わるのを待ち、勇気を振り絞って少女へ会いに行った。
だが少女は、すでに妻であり、母だった。
家族を持つ少女をさらってまで、呪いを解こうとは思わなかった。
そもそも、さらってきた少女が、狼である自分を愛し、永遠の愛を誓ってくれるはずなどない。
「……不器用だな、俺ってやつは」
外見は20歳。だが実際には、もう68年も生きている。
ラント国で、父ツォーク王は今も玉座にいた。
弟王子のフェルゼンは、29歳になっている頃だろう。
ルークは変身後に度々、満月の夜に城へ忍び込み、父と対面した記憶を蘇らせた。
初めて父と再開したとき、ふたりで抱き合って涙する対面だったが、いまは違う。
対面し続けたことで、父がルークを人間へ戻すため、異常な執念を燃やすようになってしまった。
「父上、私のことは、もう亡き者として、お忘れください」
ツォーク王は、怒りと悲しみの入り混じった目で息子を見た。
「何を言う、ルーク。お前は我が国の第一王子だ。その事実は変えられん」
武功。統率力。魔族を退けた英雄。
ツォーク王はまだそう考えている。
「次の国王は、弟のフェルゼンで良いではないですか!! 」
「何を言う、ルーク。フェルゼンには武功も統率力もない!あやつは、狩りと女遊びに惚けるだけの男だ! 王の器ではない」
「それでも……フェルゼンは人間じゃないですか…… 」
ルークは言葉を詰まらせたが、言葉を続ける。
「父上、呪いは解けないんです。……解けるかどうかも分からない呪いの解除に、得体の知れない輩へ金を払う。……もう、お辞めください。馬鹿馬鹿しいことは……貴重な国費を無駄に使ってまで…… 」
「黙れ、ルーク! すべてはお前のためなんだ! 私の政にまで、口を挟むな!! 」




