第六章「黒狼の金の瞳」①
---10年前 アンジェの家族が住む街家---
夜の寝室。
蝋燭の炎が揺らめき、分厚い毛布の下で、幼いアンジェは母の腕に身を寄せていた。右にアンジェ、真ん中に母、左には弟。寝る前、ベッドに入った姉弟は、母に絵本を読んでもらうのが楽しみだった。
「さあ、『狼王子』のお話よ……むかし、むかし――」
母の声が、優しく、低く、語り始める……。
まだ、この世界がひとつの国だったころ、森には多くの魔物と悪い魔女が棲んでいました。
ある時から、恐ろしい魔物たちがやってきては、村の人々を襲うようになりました。
人々は強くて恐ろしい魔物に太刀打ちできません。
どうか魔物が来ませんように、そう祈ることしかできませんでした。
そんなある日、王子が魔物退治にやって来ました。
王子はたくさんの家来とともに、魔物たちと戦いました。
恐ろしい魔物たちは、とても強く、この戦いで、王子の家来たちは戦いに敗れ、命を奪われてしまいました。
たった一人生き残った王子は、魔物を操る悪い魔女を見つけると、こう言いました。
「魔女よ、魔物はすべて退治したぞ。おまえが罪を反省して、ここから立ち去り、二度と悪事を働かないと約束したら、おまえの命だけは助けてやろう」
魔女はケタケタケタと不気味な笑いを立てます。
「誰がおまえの言葉など信じるものか。どうせ私を殺すのだろう。そうはいかないぞ、王子ぃー。おまえを殺してやるぅぅ!! 」
「それならば、しかたない。この剣でおまえの命を頂こう」
王子は、そう言うなり、魔女の身体に剣をぐさりと突き刺しました。
「ぎゃぁぁぁぁー!! ! 」
魔女が恐ろしい叫びを上げます。
魔女はパタリと地面に倒れました。
けれども倒れた魔女は口でブツブツと何かの呪文を唱えているのです。
すると、あたりに黒い霧がたちこめました。
王子の周りが、すっぽりと、真っ黒い霧で覆われていきます。
「呪ってやるぞ、王子。おまえは永久に森をさまよう黒い狼となれ。ケケケケケ。もしも、狼のおまえを愛する女と、永遠の愛を誓えば、呪いは解けるだろうよ。ケケケケケ」
不気味な笑い声をあげて魔女は死にました。
魔女が死ぬと、王子はみるみるうちに、黒い狼に変身してしまいました。
王子は狼に変身しましたが、魔物も悪い魔女を退治したことを、父王へ知らせようと、狼の姿のまま、国へ戻りました。
たとえ我が身が狼の姿に変身していたとしても、王子の証である金の腕輪が前肢に有る限り、王子に違いはないのです。
父王が金の腕輪を見たら、自分が王子だと理解ってくれる、そう王子は信じていました。
けれども狼になった王子は、父王に会うことができせんでした。
なぜなら、王宮にいる門番が、狼を棒で打ち付け、追い払おうとするからです。
門番は、狼の前肢にある金の腕輪を見ようとはしませんでした。
まさか狼が王子だなんて、門番は夢にも思っていなかったからです。
この国の人々は喜びました。魔物も悪い魔女もいなくなり、平和な暮らしを取り戻したからです。人々は、魔物退治をして死んだ勇敢な王子を忘れないようにと、街のはずれに王子の銅像を建てました。
黒い狼に変身した王子は、自分の銅像見て、哀しい気持ちでいっぱいになりました。
どんなに立派な銅像を建てられたとしても、王子にとっての銅像は、自分の死を表す哀しい象徴だったのですから。
狼に変身した王子は、それ以来、ずっと森の中をさまよい続けています。永遠の愛を誓ってくれる女性を探し求めて…………
「だからね」
母は、二人の子どもの頭を撫でて、本を閉じ、「森で、金の腕輪のある黒い狼と出会ったら、狼の幸せを祈りなさい」
「『愛する女性と出会えますように』、と」
そうして幼い姉弟は眠りへと落ちていき、母は子どもたちに向かい、「あなたたちも、大人になったら、愛する人と出会えますように」と呟いた。




