第五章 「伯爵夫人の心の傷と占い師」③
双子の妹、ジュリエッテもまた、眠れない夜を過ごしていた。
偽皇女になるための闇魔法手術を父に打診されたとき、拒絶反応しか表わせなかった。煌びやかな皇室の世界を夢に見ないわけではない。けれど、もし偽物だとバレたら命の保証はない。皇室への反逆は死刑なのだ。
それでも姉は偽皇女に入れ替わった。躊躇していたフリをしながらも、満更ではないというふうだった。双子だから、姉の考えることは手に取るようにわかる。
ジュリエッタの性格ならば、豪華絢爛な世界に身を投じたいはず。
父は言った。
おまえたちのどちらか一方が皇女と入れ替わったら、残った一方に、好きなものを与える。そう約束した。
だからジュリエッテは父へ言った。
「私は皇女と入れ替わらないで、家を継ぎます。その代わり、兄のガイを婿にして」、と。姉ジュリエッタの忌々しそうな顔や、母の機嫌悪そうな顔など、どうでも良かった。
(私は……愛だけは手放さない)
それなのに……
ガイとの結婚を夢見ていたのに……
ガイの視線の先はアンジェ。
そして、あのキスを見た瞬間、ジュリエッテの憧れたガイと歩む
幸せな未来が、ガタガタと音を立てて崩れた。
彼は言ったのだ。伯爵家を出るつもりだ、と。アンジェと一緒に。
私が欲しかった、ガイのファーストキス。
どうしようもなく、ガイが欲しい。
永遠に私だけのガイでいてほしい。
なぜ、ガイは私を選んでくれないのだろう、こんなに愛しているのに。
泥棒猫なんかのどこがいいの。
悲しみなのか怒りなのか、胸の奥底からジワジワこみ上げる感情で苦しい。
眠れぬ夜を過ごした翌朝、朝食に手をつけることなく、そそくさと席を立った。すると母のマリーネが、ジュリエッテの耳に囁いた。
「苦しくて辛い思いを抱えているなら、占い師に会いに行きなさい。いま街の宿屋に占い師が来ているから。あなたの願いがかなえられるはずよ」
そう言って、ジュリエッタの手に3枚の金貨を握らせた。
ジュリエッテは母の言葉に半信半疑ながらも、藁にでもすがる思いで街の宿屋へと向かった。屋根の上には、数羽のカラスが鳴いている。
気味悪さを押し殺して、宿屋の中へ入ると、隅にある古びたテーブルに水晶玉と向かい合う黒マントの男が座っていた。
男は、まるでジュリエッテの来訪を待っていたかのように、すっぽりと顔がかかるフードの下から、ニヤリとした笑みを浮かべる。
ジュリエッテはおそるおそる男の方へ近づくと、
「お嬢さんのお悩みは恋だね」そう言った。
男はジュリエッタの前に右手のひらを差し出し、
「報酬は金貨3枚。それで解決するなら、安いものだよ」
ジュリエッテは母に渡された金貨3枚を男の手のひらにチャリンと置いた。
ジュリエッテはおずおずと口を開く。
「……あの、私、好きな人がいて……でも、その人は他の人が好きで……でもでも、好きな人と結婚したい、彼じゃなきゃ嫌……です」
男がぼそっと呟く。声は低いが、妙に優しい口調、で。
「好きな男の未来を縛る方法がある」
男がジュリエッテの前に小瓶を差し出す。小瓶には半分ほどの水色の液体が揺れていた。
「好きな相手の血を、三滴。この瓶に落とし、飲むことだ。そうしたら、お嬢さんの身体に、その男にそっくりな子が宿る」
えっ? ジュリエッテは男の顔を伺おうとしたが、フードで隠れて見えない。男は淡々と語る。
「生まれた子は、お嬢さんと好きな男が愛し合った結晶だ。子どもが出来たら、男に逃げ場はない。子どもによって結婚は必然になるだろう」
屋根裏のカラスがカアカア、ギャッと叫び鳴く。
男は懐から紙の包を取り出す。
「眠り薬だ。この薬で眠ったら朝まで目覚めない。」
粉薬の包み紙をジュリエッテに手渡した。
「生まれる子はお嬢さんが好きな男にそっくりだ。その子は、お嬢さんを永遠に愛してくれるよ」
屋敷に帰宅したジュリエッテは、母のマリーネ・クレイモン伯爵夫人に、粉薬を手渡し、ガイのスープの皿に入れてと頼むと、母にっこり笑って頷いた。
その夜、ジュリエッタはガイの部屋のドアを開けた。
「ねえ、ガイ兄さま……ガイ兄さま? 」
ガイは反応もなく、深い眠りに落ちているようだ。ジュリエッテはガイの左の手首に、持っていたナイフで浅く傷つけた。赤い血がにじむ。すぐに小瓶を取り出し、ぽたり、ぽたりと垂れる三滴の血を手に入れた。
小瓶の中の水色だった液体は、ゆっくりと甘い香りを漂わせ、ピンク色へと変わる。ジュリエッテは一滴も飲み残さないよう、ごくごくと飲み干した。
すぐに、ジュリエッテは下腹に異変を感じる。
ごろごろっと、下腹に何かが動く気配。お腹に触ってみるが、なんともない。ジェリエッテは下腹を見つめた。ガイの子どもが私に宿る。
これでガイと結婚できる。幸せな未来……。
クスクスっと笑みがこぼれた。
ガイの部屋の窓の外、数羽のカラスが飛んでいた。
ジュリエッテの瞳には、幸せな未来しか映らない。




