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第五章 「伯爵夫人の心の傷と占い師」①

---ヴァレー国 クレイモン伯爵家邸内---



マリーネ・クレイモン伯爵夫人は、夜の静寂に包まれた寝室で、ひとり椅子に腰を下ろしている。王宮から戻ってきて早々、家で泥棒猫を見つけてしまった。

胸の内は少しも晴れない。



泥棒猫には罰を与えたけれど、気にかかるのは偽りの皇女として振る舞うジュリエッタの、あの高揚した表情と大仰な仕草。

もう何度も脳裏をよぎっている。



(あの子は、もう、引き返せないところにいる……)



国王ハウゼンとの対面のあと、侍女を見下すジュリエッタの態度が、マリーネ・クレイモン伯爵夫人の心を、靴に入った小砂のようにイラつかせる。



あのジュリエッタの顔。

母の私には見えている。



幸福の笑顔とは程遠く、市井で通行人に憐みを求めて、僅かばかりの小銭に縋りつく飢えた者のようだ、と。



いつまでも際限なく、目先の小銭を追い求める貧者の顔になっている、娘の顔。

やりきれず、はあっと、深いため息をつく。



ランプの灯りが弱まってきても、灯りを求めて飛ぶ小虫はコツコツ体当たりしていた。



羽音のうるささよりも、皇女を入れ替えた陰謀が気づかれ時に待ち受ける恐怖。マリーネ・クレイモン伯爵夫人は、背後から、ひたひたと忍び寄って来る闇の音を聞く。



もう何度、闇の音を聞いたか、わからない……。



……15歳の頃には考えたこともなかった、まだマリーネ・ロンメル公爵令嬢だったときには……。

忘れもしない、15才だった頃----。



姉のアルテと妹のマリーネはロンメル公爵家の美貌姉妹と言われ、13歳で舞踏会にデビューした。



舞踏会へ訪れるたび、姉妹は、独身男性貴族たちの取り合いになるほど、人気がある令嬢姉妹だった。



当時の結婚適齢期の年齢は18歳。これから様々な縁組がある中で、姉のアルテは16歳で結婚を決めた。相手は29歳のハウゼン国王。



申し分ない縁組にロンメル公爵家は吉報に沸きあがった。



姉のアルテは国王の妃になるより、一刻も早く、ロンメル公爵家と離れたいと言った。結婚相手の国王に恋心は無く、未来の妃になる憧れも夢も無い、早くロンメル公爵邸から出ていきたい、と。



それは妹のマリーネとて同じ。一日も早くロンメル公爵の名と決別したい気持ちでいっぱいだった。



姉妹がそれほどまでに家を出たい理由は、ただひとつ。歳の離れた弟の誕生だった。



マリーネ15才の誕生会を迎えた夜のこと。

屋敷一同の集まる中、父が自分と同じ15歳の女中が男子を出産したことを公表した。



あの照れ笑いする父の顔と、異母弟が出来た衝撃を、マリーネ・クレイモン伯爵夫人は今も忘れられない。



貴族社会では、男が愛人を持つこと自体、特段珍しい話ではない。だが、多感な年頃の、10代後半の姉妹にとって、特に、マリーネにとっては自分と同い年の少女が、60歳にもなる父を相手に子どもを産んだことが、いかがわしく、汚らわしい何物でもなかった。

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