第二章 「消えるジュリエッタ」③
どのぐらいの時間が経ったのか見当がつかない。いつのまにかジュリエッタは椅子に座わらされていた。
手足も口も拘束具は着けられてはいないが、目隠しはそのままだ。
そっと目隠しを外そうとする、ジュリエッタ。
「お嬢様、いま、その目隠しを外すと一生眼が見えなくなりますよ」
その声に、ジュリエッタは、渋々、目隠しから手を離した。
バタン、ドアの開く音とともに「お待ちしておりました、伯爵様」の声に、ジュリエッタは耳をそばだてた。
「ジュリエッタ……ジュリエッタ」
名前を呼んで駆け寄る伯爵は、目隠しをしたまま、椅子に座っている娘に近づき、手を握る。
「ああ、お父様……おとうさまぁぁぁ」
ジュリエッタは不安と安堵が入り交じり、涙がとめどもなく溢れ出た。伯爵も、娘の手をよしよしと軽く叩く。
「伯爵様、もう少々お待ちください。最後に黒魔石水を飲み干すと完成します。それではお嬢様、このカップをお手にお持ちください。この中には水が入っています。これを飲み干したら、すべてが終わります。多少、苦みがある水ですが、最後の一滴まで飲み干してください」
「わかりました」
ジュリエッタは主人の手からカップを手渡されると、フワッとハーブの香りが立ち上った。言われたとおり、一口、飲む。ざらりとした薄ら苦い味が口に広がるが、我慢して、そのまま一気にゴクゴクと飲み干した。
ジュリエッタは全身、ゾワゾワする寒気と鳥肌に、ぶるっと身震いする。
主人が「終わりました」と告げ、ジュリエッタの目隠しを一気に取り去った。
ジュリエッタの眼に、父の姿が飛び込む。
「おおっ、完成だ、素晴らしい。よくやった、ジュリエッタ」
伯爵が顔面を真っ赤にして喜び叫ぶ。
そこへ主人がジュリエッタの手元に手鏡を差し出した。ジュリエッタはおそるおそる、手鏡に映し出される自分の顔を見た。
鏡の前で、きゃっと、少女が叫ぶ。
手鏡に映し出され、叫び声をあげたのは、アンジェ。
銀髪に空色の眼を持つ少女の顔だ。
父が、横で、うんうんと満足そうに頷いている。
ジュリエッタは、この瞬間、自分がこの世から消えたことを……痛感した。
禁忌の闇魔法手術。
骨格、筋肉、皮膚、それに声や眼、髪の色も変えられる。一度手術を受けた者は、元の姿には戻れないという。 ジュリエッタは手鏡を見つめたまま、肩にズンとした重みを感じていた。
「さあさあ、お立ち下さいませ、皇女様。あなた様は今日から、ヴァレー国の皇女、アンジェ・ロッソ・ニルノーブル様なのですよ」
伯爵は嬉々(きき)とした声。
伯爵は、強張った表情で棒のように立っている、偽アンジェの手を取った。




