第四章 「ファーストキス」②
---ダンテス・クレイモン伯爵家邸内---
一足先に屋敷へ戻ったジェリエッテは、伯爵夫人のドレスの裾を握りながら、大声で泣き叫んだ。
「アンジェが、ガイ兄様を誘惑したの! 私の婿を取るつもりでいるのよ、おかあさまあぁぁぁっ……」
ジュリエッテの言葉は、伯爵夫人の心に火をつけると同時に、眉間に立て皺をよせている、凍り付いた表情の伯爵夫人が、手に鞭を取った。
伯爵夫人は、ジュリエッテから、事の一部始終を聞き終えるより早く、確信に変え、怒りの矛先をアンジェだけに向けた。
何も知らないアンジェが「ただいま、帰りました」と屋敷のドアを開けると、目の前には、凄まじい剣幕で怒鳴りつける伯爵夫人が立
っていた。
「……今まで育ててやった恩も忘れるなんて、なんて厚かましい」
吐き捨てるような声。
「やっぱりお前は女中の子だよ、身の程知らずが」アンジェを睨む目。
その言葉には、アンジェだけでなく、夫である伯爵への憎しみも混じっていた。
ジュリエッテの婿にするとはいえ、ガイは、夫が女中に産ませた子。愛人となった女中は、結婚と同時に追い出したが、悔しさだけは伯爵夫人の胸を何年も焼き続けていた。
アンジェより遅れて帰宅したガイは、伯爵夫人の逆鱗に触れているアンジェを一目見て、すべてが自分のせいだと認識した。
「この、泥棒猫!! ! 」
罵られながら、鞭で打たれ続けるアンジェ。
「伯爵夫人、やめてください。悪いのは僕です、アンジェじゃありません!」
ガイは伯爵夫人の鞭を持つ手を掴むと、「おだまり」と、ガイの頬を平手打ちした。
「おまえの浮気心のせいで、ジュリエッテが苦しんでいるのよ」
「浮気心なんて……僕とジュリエッテとは、なんにも関係がないん
です……」
「馬鹿おっしゃい、おまえは、ジュリエッテの婿に決まっているのに、なんてことを言うんだい」
アンジェは伯爵夫人の鞭に打たれながら、ジュリエッテが「いい気味」と嘲笑する様子に、うちのめされた。
(ガイ兄さまは、ジュリエッテの婿に決まっていたのね……いつも、私だけ、何にも知らない……)
アンジェは伯爵夫人から、「ジュリエッテの婿のガイを誘惑した罪」で、自分の部屋に閉じ込められ、施錠された。
湖の光は、もう届かない。鞭で打たれた痛さより、胸が痛い。ガイに言いたいことはヤマほどあるのに、切ない気持ちがこみあ苦しい。それなのに、アンジェの唇には消えない温もりが、わずかながらにも残っていた。




