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『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第1章 観測者の立つ場所

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観測誤差

お読み頂きありがとうございます。


異変は、音から始まった。


街角で鳴っているはずの鐘が、半拍ずれて響く。

余韻が、伸びすぎている。

あるいは、途中で途切れている。


誰も気にしていない。

誰も、足を止めない。


恒一だけが、そのズレを「誤差」として認識していた。


――均しが、荒くなってきている。


宿を出てから、すでに三度目だ。

修正の入り方が、露骨になっている。


「……今日は、ざわざわするね」


隣を歩く澪が、小さく言った。


白い髪が、風もないのに揺れている。

輪郭は保たれているが、安定しているとは言い難い。


「気のせいじゃない」


恒一は、即座に同調した。


「世界の方が、落ち着いてない」


澪は、少しだけ目を丸くする。


「そんな言い方、初めて聞いた」


「昨日までは、まだ余裕があった」


「今日は?」


「……均しが、強くなってきてる」


澪は、何かを言いかけて、やめた。

代わりに、歩調をわずかに落とす。


人通りの多い通りに入る。

視線が交錯し、情報量が増える場所。


そのはずだった。


――おかしい。


人はいる。

声もある。

足音も重なっている。


だが、それらが「一つの流れ」にならない。


個々の音が、独立したまま浮いている。

背景に溶け込まず、接続されない。


恒一は、立ち止まった。


「……ここ」


澪も足を止める。


「どうしたの?」


「観測が、噛み合ってない」


言葉にした瞬間。


世界が、わずかに傾いた。


建物の輪郭が、数ミリずれる。

人の動きが、コマ落ちした映像のように引っかかる。


――来る。


恒一は、澪の肩に手を置いた。


「動くな」


その瞬間。


視界の端に、“空白”が生まれた。


何もない。

だが、確実に「何かがある」空間。


そこから、声が落ちてくる。


《観測者》


昨日より、圧が強い。


恒一は、息を吐いた。


「……管理者」


《観測誤差を検出》


《均衡維持処理が、追いついていない》


《原因を確認》


恒一は、視線を逸らさない。


「原因は、分かってるだろ」


《例外》


《及び、観測者の継続的視認》


澪が、息を詰める気配がした。


「……私?」


《肯定》


管理者は、即答した。


《例外は、存在するだけで歪みを生む》


《観測者が視認を継続することで、歪みは固定化される》


「固定化しないために、確定させてない」


《それが、誤差だ》


恒一は、眉をひそめる。


「……言ってることが、前と違うな」


《状況が変化した》


《均しの負荷が、許容量を超過しつつある》


《観測者》


《選択を提示する》


空気が、さらに一段、沈んだ。


澪の輪郭が、わずかに薄れる。


恒一は、反射的に彼女を見る。


《第一案》


《例外の即時削除》


《観測誤差は解消される》


澪は、何も言わない。

ただ、恒一を見ている。


《第二案》


《観測者による、視認停止》


《例外は自然消失する》


《均衡への影響は、最小》


恒一は、歯を噛み締めた。


《第三案》


一拍。


《観測者が、介入する》


《例外を、意図的に固定化する》


《均衡は大きく揺らぐ》


《成功確率は、参考前例が無い為、未算出》


《失敗時、局所崩壊を引き起こす》


澪が、ようやく口を開いた。


「……それって」


「私を、“ちゃんと存在させる”ってこと?」


《近似》


恒一は、ゆっくりと息を吸った。


――守る必要はない。

――見届ける必要はある。


管理者の言葉が、脳裏をよぎる。


だが。


「選択肢に、抜けがある」


恒一は、静かに言った。


《指摘を確認》


「俺は、観測者だ」


「観測は、確定させない」


《既に、確定が進行している》


「なら」


恒一は、澪を見る。


白い髪。

揺らぐ輪郭。

それでも、確かに、ここにいる。


「誤差のまま、誤差として、観る」


《……》


初めて、管理者が沈黙した。


「固定もしない」

「削除もしない」

「目も逸らさない」


「それが、俺のやり方だ」


澪は、小さく息を吸った。


「……無茶だよ」


「知ってる」


《観測者》


《その選択は、非推奨だ》


「だろうな」


《だが》


一瞬、空白が揺れる。


《記録する》


《観測誤差:継続》


《経過を、監視対象に移行》


空気が、少しだけ軽くなった。


街の音が、再び流れを取り戻す。

完全ではない。

だが、崩れてもいない。


管理者の気配が、遠ざかる。


《次回修正時》


《再度、判断を求める》


それだけを残して、消えた。


沈黙。


澪が、ぽつりと呟く。


「……選ばなかったんだね」


「選んだ」


恒一は、歩き出した。


「まだ、終わらせないって選択だ」


澪は、少し遅れてついてくる。


「ねえ、恒一」


「なんだ」


「私、ちゃんと誤差のままでいられるかな」


恒一は、前を見たまま答えた。


「俺が観てる限りはな」


それが、救いになるかどうかは分からない。


ただ一つ確かなのは。


世界は今、

「誤差」を抱えたまま、進み始めている。


そして観測者は、

その歪みを、もう偶然とは呼ばない。


――次に壊れるのは、世界か。

それとも、役割か。


答えは、まだ確定していない。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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