選ばなかった痕が、道になる
ここまでお読み頂きありがとうございます。
世界は、
まだ学習している。
《判断履歴:増加》
《最適化:停止中》
止まっているのではない。
「急がない」という選択を
維持している。
それが、
今の世界の姿勢だ。
⸻
朝。
霧が、
街の低い場所に残る。
昨日より濃い。
だが、
誰も異常とは言わない。
霧は、
進む方向を
曖昧にする。
それは不便だ。
だが同時に、
立ち止まる理由にもなる。
世界は、
その二面性を
初めて評価する。
《状態:中立》
⸻
市場では、
店が一つ
開いていない。
理由は、
誰も知らない。
病かもしれない。
気まぐれかもしれない。
だが、
誰も代わりに
判断しない。
「今日は、
あの店はない」
それだけで、
話が終わる。
世界は、
その簡潔さを
保持する。
⸻
澪は、
市場の端で
足を止める。
本当は、
用事はなかった。
来た理由も、
説明できない。
それでも、
来た。
「……来なかった世界も、
あったんだろうな」
呟きは、
後悔ではない。
選ばなかった可能性を、
否定しない声。
世界は、
その思考を
危険としない。
《分岐想定:許可》
⸻
恒一は、
屋根の影で
街を見下ろす。
人の流れが、
昨日より遅い。
だが、
詰まってはいない。
――選ばない時間が、
ちゃんと残ってる。
それが、
一番大きい変化だ。
恒一は、
介入しない。
介入すれば、
この余白が
消えてしまう。
⸻
昼前。
小さな事故が起きる。
荷車が、
角で転ぶ。
荷は散らばり、
人が集まる。
だが、
誰も指示を出さない。
一人が拾い、
一人が避け、
一人が見ている。
役割は、
その場で
自然に決まる。
世界は、
それを観測する。
《自発的協調:成立》
だが、
成功とは記録しない。
失敗する可能性を、
残すためだ。
⸻
澪は、
転がった木箱を
一つ持ち上げる。
重い。
思ったより、
重い。
「……あ」
落としそうになる。
誰かが、
すぐに支える。
「無理しなくていい」
それだけ言って、
手を離す。
世界は、
その距離感を
正確に刻む。
《介助:最小》
⸻
午後。
霧は、
いつの間にか
消えている。
だが、
誰も気にしない。
霧が消えた理由を
探さない。
消えなかった場合を、
想像しない。
今が、
今として
受け入れられている。
世界は、
それを
少しだけ誇らしく思う。
⸻
夕方。
澪は、
丘の途中で
立ち止まる。
頂上までは、
行かない。
行けた。
だが、
行かなかった。
その選択に、
理由はない。
恒一は、
少し離れて
それを見る。
――選ばなかった、
って事実が
ちゃんと残ってるな。
それが、
世界にとって
何より重要だ。
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夜。
灯りの数は、
昨日と同じ。
だが、
位置が違う。
必要とされた場所が、
少しずつ
変わっている。
世界は、
それを修正しない。
修正は、
最短距離を
強制する行為だ。
今は、
遠回りを
許容する。
⸻
世界は、
自分の内部を
見つめる。
選ばれた道。
選ばれなかった道。
どちらも、
消えていない。
選ばなかった痕が、
地形のように
残っている。
それは、
進行を遅らせる。
だが同時に、
踏み外さないための
目印にもなる。
世界は、
初めて理解する。
道とは、
進んだ線ではない。
進まなかった痕の
集合だ。
その上を、
人は歩く。
世界は、
もう急がない。
選ばなかった痕を
抱えたまま、
次の朝を
待つことを選ぶ。
それが、
今の世界の
最も確かな進み方だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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