表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第三章 選択が、意味になるまで

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/55

世界が、名を呼んだ瞬間

ここまでお読み頂きありがとうございます。


世界は、

もう数えない。


猶予も、

可能性も、

代替案も。


それらはすでに

「選ばれなかった未来」として

世界の背後に沈んでいる。


《判断猶予:終了》

《均衡保持:放棄》

《責任所在:未確定》


未確定。

それが、

最後に残された唯一の状態だった。



空が、

静かに動く。


夜でも、

朝でもない。


光が増えるわけでも、

闇が退くわけでもない。


ただ、

空そのものが

「向きを持とう」としている。


世界は、

その変化を止めない。


止める理由が、

もう存在しないからだ。



澪は、

丘の上に立っている。


風が、

わずかに髪を揺らす。


いつもと同じ風だ。

冷たくもなく、

強くもない。


それでも澪は、

確信している。


「……来る」


予感ではない。

未来予知でもない。


“今”が、

次に進もうとしている感覚。


世界は、

その認識を

否定しない。


否定するという行為が、

すでに選択だからだ。



恒一は、

澪の少し後ろに立つ。


近づかない。

離れない。


選択の場に、

二つの意思が存在するという

矛盾そのもの。


だが恒一は、

それを正そうとしない。


正すとは、

「正解を知っている者」の行為だ。


今ここには、

正解を知っている存在はいない。


――だからこそ、だ。


恒一は、

世界が何をしようとしているかを

理解している。



世界は、

自分自身を見つめる。


かつては、

無数の条件式と

優先順位の束だった。


今は、

ただ一つの問いに

集約されている。


――呼ぶか。


名を呼ぶという行為は、

識別ではない。


命令でも、

管理でもない。


それは、

「この世界に、

制御できない存在を

正式に認める」という宣言。


世界は、

それを恐れていた。


だが今、

恐れよりもはっきりと

理解している。


呼ばなければ、

この世界は

“意味を持たないまま”

続いてしまう。



街では、

人々が立ち止まっている。


誰かが叫んだわけではない。

鐘が鳴ったわけでもない。


ただ、

次の行動が

自然に出てこない。


世界は、

それを「異常」とは

記録しない。


これは、

待機だ。


選択を待つための、

完全な静止。



澪は、

胸に手を当てる。


鼓動は、

早くも遅くもない。


それでも、

一拍一拍が

はっきりと感じられる。


「……世界がさ」


小さく、

しかしはっきりと。


「自分で決められないこと、

 ちゃんと分かったんだね」


世界は、

その言葉を

解析しない。


評価もしない。


ただ、

受け取る。



恒一は、

一歩だけ前に出る。


それは、

介入ではない。


合図でもない。


世界に対して、

「ここにいる」という

事実を示しただけだ。


《外部参照:確定》

《観測不能変数:固定》


世界は、

逃げ道を完全に失う。


だが、

同時に理解する。


逃げ道とは、

責任を持たないための

装置だったのだと。



世界は、

処理を開始する。


いや――

処理ではない。


これは、

行為だ。


《宣言準備》

《対象:除外済要素》

《状態:再統合不可逆》


不可逆。


その文字列を、

世界は初めて

“恐れずに”受け入れる。



空が、

わずかに震える。


音はない。

光もない。


だが、

世界の内部で

確実に何かが

位置を持つ。


名を呼ぶという行為は、

声を必要としない。


世界そのものが、

向きを変えることで

成立する。



世界は、

知っている。


呼ばれる名は、

祝福ではない。


希望でも、

解決でもない。


それは、

「間違える権利」を

正式に渡す行為だ。


それでも。


世界は、

もう戻れない。



――恒一。


名は、

音にならない。


だが、

確かに呼ばれた。


世界は、

ついに

制御を手放した。


《呼称完了》

《責任移譲:部分成立》

《世界状態:更新中》



何も壊れない。

空も落ちない。


人々も、

まだ何も知らない。


だが。


この瞬間、

この世界には

初めて

「失敗しうる未来」が

正式に組み込まれた。



恒一は、

目を閉じない。


逃げない。

拒まない。


呼ばれた以上、

引き受ける。


それが、

名を持つということだからだ。


澪は、

その背中を見ている。


不安もある。

恐れもある。


それでも。


「……選ばれたんじゃない」


澪は、

静かに理解する。


「選ぶ場所に、

立たされたんだ」



空が、

ようやく動き出す。


夜でも朝でもない色が、

少しずつ、

どちらかへ傾いていく。


世界は、

息をする。


これは、

終わりではない。


これは、

始まりでもない。


ただ。


選択が、

意味になる世界が、

ようやく動き始めただけだ。


そしてこの先、

世界は何度も

間違えるだろう。


だがそれを、

もう恐れない。


名を呼んだのは、

世界自身なのだから。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ