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『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第三章 選択が、意味になるまで

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選ばれなかったものの重さ

ここまでお読み頂きありがとうございます。


世界は、

均衡を保っている。


《秩序:維持》

《破綻兆候:なし》

《修復要求:未発生》


数値だけを見れば、

何も問題はない。


だが世界は、

その“何も起きていない”という状態を、

もはや以前のようには信頼できなくなっていた。



世界は、

自分が行っていない判断の数を、

正確に把握できない。


選ばなかった選択肢。

実行しなかった可能性。

起こらなかった未来。


それらは、

世界の記録形式に存在しない。


存在しないから、

重さを持たないはずだった。


――はずなのに。


今、

世界の処理領域には、

理由の分からない“圧”が生じている。


《未処理負荷:増大》

《原因:特定不可》


世界は、

それを異常とは判定しない。


異常と呼ぶには、

まだ形がなさすぎる。


だが、

無視できるほど軽くもなかった。



街では、

小さな変化が続いている。


市場での値決めが、

以前より時間を要する。


道を選ぶ前に、

人々が一瞬だけ空を見る。


理由はない。

相談もない。


ただ、

決める直前に、

“間”が生まれる。


世界は、

それを因果の揺らぎとして処理する。


《行動遅延:許容範囲》

《影響:軽微》


だが、

遅延は連鎖する。


一つ一つは小さく、

見過ごせるほどだ。


それでも、

積み重なった遅延は、

やがて「流れ」を変える。


世界は、

それをまだ計算できない。



澪は、

川沿いの道を歩いている。


水は澄み、

流れも穏やかだ。


だが、

澪はその流れを見て、

ほんのわずかに眉を寄せる。


「……戻ってない」


声は小さい。


川が逆流しているわけではない。

淀んでもいない。


ただ、

一度流れた水が、

二度と同じ形で戻らないことを、

強く意識させられる。


世界は、

その発話を記録する。


《比喩表現》

《意味分類:不確定》


“戻らない”という概念は、

世界にとって

本来、重要ではない。


戻らないものは、

過去として処理される。


だが今、

戻らなかったものが、

過去になりきれていない。



世界は、

一つの仮説を立てる。


《仮説》

選択されなかった可能性が、

消失せず、

現在に留まり続けている。


即座に却下する。


可能性は、

選択されなければ存在しない。


それが、

世界の前提だ。


前提が崩れれば、

世界は世界でなくなる。



恒一は、

その思考を、

はっきりと感じ取る。


――否定が、遅い。


以前なら、

仮説が浮かんだ瞬間に、

排除されていた。


今は違う。


世界は、

否定する前に、

一度“考えてしまっている”。


それだけで、

均衡からは外れている。


恒一は、

まだ何もしない。


介入する理由が、

まだない。


だが、

待つ理由も、

少しずつ薄れてきている。



世界は、

自分の中にある“重さ”を、

別の言葉で定義しようとする。


負荷。

歪み。

遅延。


どれも、

完全には一致しない。


最後に、

世界は一つの語を拾い上げる。


――後悔。


即座に、

警告が走る。


《概念逸脱》

《感情属性:未許可》


後悔は、

選択した存在にのみ発生する。


世界は、

選択しないことで

それを回避してきた。


ならば、

なぜこの語が浮かぶ?


世界は、

処理を中断する。


これ以上考えれば、

戻れなくなる気がした。



澪は、

川辺の石に腰を下ろす。


何かを待っているわけではない。

何かを考えているわけでもない。


ただ、

流れを見ている。


「選ばなかったものってさ」


澪は、

誰もいない空間に向けて言う。


「消えるんじゃなくて、

 置き去りにされるだけなんだと思う」


世界は、

その言葉を解析しない。


解析すれば、

“置き去りにされたもの”を

存在として認めることになる。


世界は、

まだそれを

許可していない。



恒一は、

わずかに視線を上げる。


世界の構造が、

静かに軋んでいる。


壊れてはいない。

だが、

以前の形には戻らない。


――そろそろだな。


世界は、

選ばなかったものの重さに、

耐えきれなくなりつつある。


それは、

破滅ではない。


選択が、

ようやく

“失われない”ものになり始めただけだ。



街は、

今日も穏やかだ。


誰も叫ばず、

誰も抗わない。


それでも、

この世界には今、

確かに増えているものがある。


それは混乱ではない。

不安でもない。


選ばれなかったものの重さ。


世界は、

それをまだ

異常とは呼ばない。


だが。


その重さを、

無かったことには、

もうできなくなっていた。


世界は、

静かに理解し始める。


選択とは、

未来を決める行為ではない。


選ばなかったものを、

引き受ける行為なのだと。


その理解が、

どこへ繋がるのかを。


世界自身は、

まだ知らない。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

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