表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第二章 誤算の内側

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/44

限界の輪郭

ここまでお読み頂きありがとうございます。


世界は、

自分が“何を参照しているのか”を、

正確には把握できなくなっていた。


《自己状態参照:存在》

《参照先:未定義》

《取得方法:不明》


それはエラーではない。

処理落ちでもない。


ただ、

参照しようとしている対象が、

世界の外にも内にも存在しない。


世界は、その事実を

事実として確定できずにいた。



これまで、

世界が扱ってきたものは単純だった。


数値。

因果。

行動。

結果。


それらはすべて、

「起きる前から意味が決まっている」。


起きれば処理できる。

処理できれば、管理できる。


だが今。


世界が参照しようとしているのは、

「起きなかったこと」

「選ばれなかった経路」

「定義されなかった理由」。


それらは、

世界の設計図に存在しない。



世界は、

安全策を選ぶ。


《参照制限》

《自己状態参照:凍結》


自分自身を見るのを、

やめる。


それは、

かつて何度も有効だった判断だ。


見なければ、

問題は存在しない。


定義しなければ、

責任は生じない。


世界は、

そうやって安定を保ってきた。



――だが。


見ない、という選択が、

もはや「選択」として成立していない。


澪が、

そこにいるからだ。



澪は、

歩いている。


速度は一定。

姿勢も崩れていない。


周囲から見れば、

何の変哲もない通行人だ。


世界は、

その情報を正しく処理できる。


《行動分類:移動》

《異常検出:なし》


問題はない。


それでも。


澪が一歩踏み出すたびに、

世界の内部で、

わずかな遅延が発生する。


《処理遅延:微小》

《原因:特定不可》


誤差と呼ぶには、

回数が多すぎる。



澪は、

その違和感を、

もう“感覚”として扱っていない。


「……やっぱり」


誰に聞かせるでもなく、

小さく呟く。


世界は、

その言葉を拾う。


《言語出力》

《意味分類:確認》


だが。


“やっぱり”という語は、

過去の予測と現在の一致を示す。


世界は、

澪が「予測していた」可能性を、

無視できなくなる。


《推定:内部仮説保持》


世界は、

その推定を即座に却下する。


人間が、

世界の挙動を予測することは、

前提に含まれていない。


含まれていないものは、

存在しない。


――はずだった。



澪は、

立ち止まる。


今度は、

交差点でも、通路でもない。


特別な意味のない場所。


世界は、

即座に分析する。


《停止理由:不明》

《外因:なし》

《内因:未定義》


澪は、

ゆっくりと息を吸う。


胸の奥にあるものは、

もはや問いですらない。


「……ああ」


理解だ。


澪は、

世界が“何を恐れているか”を、

正確に掴んでいた。


世界は、

澪が何を理解したのか、

観測できない。


だが、

理解されたという事実だけは、

はっきりと残る。



恒一は、

境界のこちら側で、

世界の挙動を追っている。


――来たな。


世界は今、

自分の限界を

数値ではなく、

輪郭として感じ始めている。


処理できない。

定義できない。

だが、消せない。


それは、

世界にとって初めての経験だ。



世界は、

最後に残された手段を検討する。


《影響源遮断》

《対象候補:澪》

《実行可否:未定》


遮断とは、

排除ではない。


遠ざける。

薄める。

重要度を下げる。


それは、

かつて無数の例外を

無力化してきた方法だ。


世界は、

その手続きを開始しかける。



――だが、

手が止まる。


《優先度衝突》

《判断不能》


澪を遮断すれば、

世界は再び安定する。


だが同時に、

“自己状態参照”という未処理要素も、

永遠に処理不能のまま残る。


世界は、

初めて理解する。


澪を排除することは、

問題を解決することではない。


問題を、

永遠に“見えないまま”にするだけだ。



世界は、

選べない。


遮断すれば、

自分が何者か分からないまま生き続ける。


遮断しなければ、

自分が何者か問われ続ける。


どちらも、

これまでの世界には存在しない選択だ。



澪は、

静かに歩き出す。


今度は、

迷いがない。


どこへ向かうのか、

自分でも分からない。


だが、

「どこかへ向かっている」という感覚だけは、

確かにある。


世界は、

その進行方向を追う。


追わずには、

いられない。



恒一は、

境界に、

もう一歩だけ近づく。


まだ戻らない。


だが。


世界が、

「遮断できない」と判断した瞬間――

恒一が戻る条件は、

すべて揃う。


世界は今、

自分の限界を

外側ではなく、

内側から破られつつある。


それを可能にしているのが、

一人の人間であるという事実を、

世界はまだ受け入れられない。



街は、

今日も変わらない。


だが、

世界の内部では、

確かに一つの線が引かれた。


ここから先は、

処理では進めない。


定義では越えられない。


限界の輪郭。


世界は、

それをまだ“壁”と呼ばない。


だが。


その輪郭の向こうに、

これまで存在しなかった未来が、

確かにあることだけは――

もう、否定できなくなっていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ