表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第1章 観測者の立つ場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/44

兆しの輪郭

ここまでお読み頂きありがとうございます。


目が覚めたとき、恒一は暫く自分がどこにいるのか分からなかった。


見慣れぬ天井だ。

木製で、古いが手入れは行き届いている。

見慣れない造りだが、昨夜泊まった宿屋の部屋であることを、数秒遅れて思い出した。


「夢…じゃないよな」


呟いた声は、妙に現実感があった。

喉が乾いている。

身体も重い。


寝台から身を起こすと、朝の光が窓から差し込んでいた。

昨夜の、均されすぎた夜とは違う。

朝は、ちゃんと朝らしい。


鳥の鳴き声。

通りを歩く人の足音。

どこかから聞こえる、鍋を叩く金属音。


音が、雑多だ。


「……戻ってる?」


一瞬、そう思ってしまう。

だが、違う。


違和感が消えたわけではない。

むしろ、はっきりと“比較”できるようになっただけだ。


恒一は、顔を洗い、身支度を整えてから部屋を出た。

宿の一階は朝食時で、昨日よりも人が多い。

笑い声もある。

会話も重なっている。


――普通だ。


だが、よく見ると、どこかが“揃いすぎている”。


人の立つ位置。

椅子の向き。

歩く流れ。


無意識に調整されたような配置。


「考えすぎ、か」


自分に言い聞かせるように呟き、朝食をとる。

味は、ちゃんとしている。

美味いとも不味いとも言えないが、必要なものが、必要な形で用意されている味。


食べ終えて外に出ると、街はすでに動き出していた。

露店が並び、行商人が声を張り上げる。

荷馬車が通り、子どもが走る。


昼の街は、活気がある。


それなのに。


恒一は、ふと気づく。


誰も、立ち止まらない。


人は流れ、交わり、すれ違うが、無駄な逡巡がない。

迷う者がいない。

立ち尽くす者がいない。


すべてが、「次にやるべき行動」を知っているようだった。


「……マニュアルでもあるのかよ」


冗談めかして言いながらも、背中にじっとりと汗が滲む。


昨夜の揺らぎ。

視界の奥に覗いた、何もない空間。


あれが、ただの体調不良や錯覚だとは、もう思えなかった。


恒一は、街を歩きながら、意識的に“観る”ことをやめてみた。

景色を流し、細部に注意を払わない。


すると、不思議なことに、違和感は薄れる。


「……なるほどな」


観測しなければ、見えない。

意識を向けなければ、世界は“正常”でいられる。


それはつまり――


「見てる俺が、異物ってことか」


その瞬間、視界の端が、わずかに歪んだ。


反射的に立ち止まる。

だが、歪みはすぐに消え、周囲の人々は誰も気づいていない。


胸が、嫌な音を立てた。


恒一は、街の中心部から少し外れた場所へ向かった。

人通りが減り、建物も古くなる。


境目の街。

王都と、それ以外の世界をつなぐ場所。


「異物が紛れ込む前提」


あの露店の女性の言葉が、頭に残っている。


だったら。

異物は、処理されるのか。

それとも、観測されるのか。


路地の奥で、立ち止まった。

誰もいない。

音も遠い。


恒一は、深く息を吸い、意識を集中させる。


昨夜と同じように。

いや、それ以上に。


灯り。

影。

空気の流れ。


すると、世界が、薄くなる。


輪郭が、ぼやける。

建物の向こうに、別の“層”が重なって見える。


「……ああ」


確信に近い感覚。


この世界は、一枚ではない。

何かの上に、被せられている。


キィン、と耳鳴りがした。


《無理に観るな》


突然、声がした。


昨夜と同じ。

だが、少し違う。


《まだ、耐えられない》


「……誰だ」


声に出すと、空気が震えた。


《君に名は必要ない》

《役割だけで十分だ》


「巫山戯るな」


苛立ちが滲む。


「勝手に巻き込んでおいて、説明なしはあんまりだろ」


少しの沈黙。


《説明は、崩壊を早める》

《だが――》


空間が、わずかに歪む。


《兆しは、すでに出ている》


「兆し?」


《均衡が、保てなくなっている》


恒一は、拳を握った。


「それで俺は何なんだ。観測者ってのは、何をする存在だ」


声は、ほんの一瞬、迷ったように感じられた。


《“見る”》

《ただ、それだけだ》


「それで、どうなる」


《世界が、自分の歪みに気づく》


「……それだけ?」


《それだけで、十分なのだ》


次の瞬間、声は途切れた。


耳鳴りも消え、視界は元に戻る。

路地には、いつもの街並みだけが残っていた。


恒一は、しばらく動けなかった。


世界が、自分の歪みに気づく。


それは――


「自己修復、か」


あるいは。

自己破壊。


どちらにせよ、自分は“引き金”のようなものだ。


宿へ戻る途中、昨日の傭兵風の男を見かけた。

昼間だというのに、どこか影が濃い。


目が合う。


今度は、逸らされなかった。


男は、短く息を吐き、近づいてくる。


「……あんた、見たな」


低い声。


「何を?」


とぼけると、男は小さく笑った。


「分からないなら、ここには立ってない」


沈黙。


周囲には、人がいる。

だが、会話が、不自然なほどこちらに届かない。


まるで、この一角だけ、世界から隔絶されたようだった。


「忠告だ」


男は言った。


「気づいたなら、深入りするな」


「それができたら苦労しない」


恒一は、そう返した。


男は、しばらく恒一を見つめ、やがて視線を逸らす。


「……そうだろうな」


それだけ言って、去っていった。


恒一は、立ち尽くしたまま、空を見上げる。

昼の空は、雲一つない。


きれいすぎる。


「兆し、か」


呟く。


自分が観測することで、世界が揺らぐ。

揺らぎを、世界自身が認識する。


それは、救いなのか。

それとも、終わりなのか。


まだ、分からない。


だが、一つだけ確かなことがある。


もう、自分は。

“何も知らない旅人”では、いられない。


均された世界に覆われた中で、確かに、何かが歪み始めている。


それを、恒一は見てしまった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

できれば率直な感想をお寄せ頂けますと幸いです。

これから色々学んでいきますので、よろしければお付き合い頂けますと嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ