表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第二章 誤算の内側

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/44

凍結された未来

ここまでお読み頂きありがとうございます。


世界は、変化を止めた。


《定義凍結、実行》

《評価基準、固定》

《未来予測、停止》


それは後退ではない。

世界自身は、そう認識している。


未来とは、

可能性の集合だ。


予測とは、

不確実性を内包する行為だ。


ならば、

最初から未来を参照しなければいい。


世界は、

「現在が安定している」状態を、

永続させるという結論に至った。


それは、

合理的な判断だった。


少なくとも、

世界の論理体系の中では。



凍結された世界は、

静かだった。


騒音は減り、

偶発性は排除され、

人々の行動は、

より滑らかに最適化されていく。


衝突は起きない。

事故も起きない。

感情の波も、ほとんど立たない。


世界は、

この状態を「完成」と認識する。


《理想状態、到達》

《維持優先》


これ以上、

何かを起こす必要はない。


起きないことこそが、

成功なのだから。



澪は、歩いている。


街は、

昨日と同じ形をしている。


昨日より整っていて、

昨日より静かで、

昨日より――薄い。


澪は、

その違いを言葉にできない。


不安ではない。

恐怖でもない。


ただ、

空気に含まれる情報量が、

少なすぎる。


「……」


澪は、

誰かと目が合っても、

視線を留めない。


相手も、

同じだ。


視線は交わる。

だが、

意味が続かない。


世界は、

それを理想的な距離感と判断する。


《不要接続、排除成功》



世界は、

凍結の効果を確認する。


《未発生事象、安定》

《増加傾向、停止》

《空白、拡散せず》


完璧だ。


問題は、

拡大していない。


つまり、

問題ではなかった。


世界は、

自分の判断を再度肯定する。



だが。


恒一は、

その確認結果を見て、

眉をひそめる。


――止まってない。


拡大していない。

悪化していない。


だが、

減ってもいない。


世界は、

空白を「固定」しただけだ。


それは解決ではない。

密閉だ。


恒一は理解している。


密閉された問いは、

消えない。


内部で、

形を変える。



凍結された世界では、

「選択」が発生しなくなる。


選ばなくても、

最適解が与えられる。


迷う必要はない。

失敗する可能性もない。


世界が、

あらかじめ答えを用意しているからだ。


人々は、

それを疑わない。


疑う理由が、

生成されないからだ。



澪は、

小さな違和感を覚える。


歩いているはずなのに、

前に進んでいる感覚がない。


景色は変わる。

位置も変わる。


それなのに、

「到達した」という実感が、

どこにも残らない。


「……ここ、来たことある」


口に出した瞬間、

澪自身が驚く。


来たことがある。

確かにそうだ。


だが、

いつ来たのかは分からない。


昨日かもしれない。

今日かもしれない。

あるいは、

来ていないのかもしれない。


世界は、

その発言を重要視しない。


《記憶重複、許容》

《時間認識、個体差》


正常範囲。



恒一は、

世界の判断ログを追う。


そこには、

一貫した思想がある。


安定しているなら、

変える必要はない。


変えなければ、

失敗しない。


失敗しなければ、

世界は正しい。


完璧な循環だ。


だが。


その循環には、

「なぜ存在するのか」という問いが、

最初から含まれていない。


恒一は、

静かに確信する。


――世界は今、

――意味を生成する機能を停止した。



凍結の影響は、

澪の内側にも及び始めていた。


感情はある。

思考もある。


だが、

それらが外へ向かわない。


言葉にしようとすると、

形になる前に溶ける。


誰かに伝えようとすると、

理由が消える。


澪は、

初めて立ち止まる。


今度は、

歩き続ける選択肢が、

最適として提示されなかった。


「……どうして?」


問いは、

小さく、

震えていた。


世界は、

その問いを検出できない。


問いは、

行動ではない。

事象でもない。


ただの、

意味の芽だ。



恒一は、

その瞬間を見逃さない。


――生まれた。


凍結された世界の内部で、

それでもなお、

問いが発生した。


それは、

空白が変質した証拠だ。


未発生だったものが、

「起きなかった理由」を求め始めている。


世界にとって、

最も扱えない形だ。



世界は、

微細なノイズを検出する。


《定義外信号、微量》

《影響度、低》


無視する。


だが、

無視は凍結によって、

すでに選択肢から外れている。


世界は、

凍結した定義に従い、

判断を保留する。


判断できないまま、

処理だけが続く。



澪は、

胸に手を当てる。


そこにあるのは、

感情ではない。


「このままでいいのか」という、

輪郭のない問い。


答えは求めていない。

ただ、

問いが消えない。


世界は、

それを異常として認識できない。


問いは、

失敗ではないからだ。



恒一は、

ゆっくりと境界に近づく。


――もう十分だ。


世界は、

安定を選び続けた。


結果、

意味を失った。


未来を凍結し、

可能性を切り捨て、

それでもなお残った問い。


それこそが、

世界が排除できなかったもの。



世界は、

まだ気づいていない。


凍結によって守ったのは、

秩序ではなく、

崩壊の前提だったことに。


澪は、

立ち止まったまま、

問いを抱えている。


恒一は、

外側で、

その様子を見届ける。


戻る理由は、

もう揃った。


世界が、

「何も起きない状態」を

完成だと信じた、その先で。


起きてしまった問い。


それに対応できない世界へ――

恒一は、

近いうちに足を踏み入れる。


世界は、

まだ静かだ。


だがその静けさは、

意味が生まれる直前の、

不自然なまでの、無音だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ