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『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第二章 誤算の内側

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誤修正

ここまでお読み頂きありがとうございます。


世界は、結論を急がなかった。


恐怖を定義したからといって、

即座に撤退する設計ではない。


世界は、あくまで合理的だ。

自己非完結性を認識しても、

それを即座に「欠陥」と判断しない。


――修正可能な揺らぎ。


それが、世界の暫定評価だった。



《是正処理、再開》

《目的:整合性回復》

《手段:局所的再定義》


世界は、

全体を書き換えることを避けた。


それは、敗北を意味するからだ。


誤算は、全域にあるわけではない。

ならば、

限定された箇所だけを整えればいい。


世界は、

「最小影響で最大効果」を選ぶ。



澪の周囲で、

空気が、わずかに変質する。


音は、正常だ。

光も、元に戻りつつある。


現実が、

再び“即座に確定するもの”へと戻っていく。


「……戻ってる」


澪は、小さく言った。


不安ではない。

警戒でもない。


ただの、観測だ。


世界は、

澪に直接触れない。


触れられない。


だから、

環境から整えていく。


理由が生じる。

流れが生まれる。

立ち止まらないための動機が、

自然な形で配置されていく。



《行動誘導、非侵襲モード》

《主観違和感、最小化》


澪の前に、

人の流れが生まれる。


偶然の衝突。

声をかけられる必然。

立ち話の発生確率。


どれも、

単体では異常ではない。


「……」


澪は、

一歩、横に避けた。


人の流れが、乱れる。


世界は、再計算する。


《補正》


別の方向から、

同じ密度の流れが補填される。


澪は、足を止めた。


「……ああ」


理解してしまう。

絶望的なほど、すんなりと。


「これが、“正しい世界”か」



世界は、

澪を孤立させない。


孤立は、異常値を生む。


だから、

常に「関係の代替」を配置する。


会話。

役割。

必要性。


それらは、

関係の“ふり”をするには十分だ。


澪は、

誰かの声を聞く。


内容は、どうでもいい。

意味も、重要じゃない。


だが、

その声は“応答を要求する”。


「……ごめん」


澪は、

無意識にそう言いかけて――


口を閉じた。



違う。


それは、

関係ではない。


要求と応答。

入力と出力。


整理された往復だ。


澪は、はっきりと理解する。


――世界は、関係を再生成していない。

――関係が起きないよう、管理している。


世界は、

誤算を避けるために、

関係の“発生条件”を削っている。


安定している。

快適ですらある。


だが。


「……薄い」


澪は、呟いた。


感情ではない。

評価でもない。


密度の問題だ。



世界は、記録する。


《主観拒否、未発生》

《不快指数、低》

《是正処理、成功率上昇》


世界は、満足する。


澪は、

世界に従っているように見える。


歩いている。

止まらない。

拒絶もしない。


世界は、

「抵抗がない」状態を、

成功と定義する。


だが。



世界の外縁で、

恒一は、静かに観測していた。


戻る条件は、

すでに成立している。


だが、

戻らない。


なぜなら。


世界が今行っているのは、

修正ではない。


“回避”だ。


誤算を理解した上で、

それを直視しない選択。


恒一は、知っている。


――これは、最も危険な段階だ。


世界は、

自分が正しいと信じたまま、

誤りを洗練させ始めている。



恒一は、思考する。


世界は、

関係を怖れている。


だから、

関係が起きない構造を作る。


ならば。


関係が起きないこと自体が、

新たな誤算になる地点が必要だ。


澪は、

まだ拒否していない。


だが、

受け取ってもいない。


その“中間”は、

世界にとって、扱えない。


恒一は、確信する。


――次に壊れるのは、世界のほうだ。



澪は、歩き続けている。


整った街。

整った流れ。

整った関係未満の往復。


誰も、傷つかない。

誰も、消えない。


「……でも」


澪は、

自分でも驚くほど静かに言った。


「これが、続いたら……」


何が起きるか、

言葉にはしない。


その必要が、ない。


澪の胸の奥で、

“保持された関係”が、

ゆっくりと、形を変え始めている。


それは、

思い出ではない。

欲求でもない。


ただ。


関係が、

起きなかった世界への、

最初の歪みだった。


世界は、まだ気づいていない。


この是正処理が、

修正ではなく――


誤修正であることに。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

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