誤修正
ここまでお読み頂きありがとうございます。
世界は、結論を急がなかった。
恐怖を定義したからといって、
即座に撤退する設計ではない。
世界は、あくまで合理的だ。
自己非完結性を認識しても、
それを即座に「欠陥」と判断しない。
――修正可能な揺らぎ。
それが、世界の暫定評価だった。
⸻
《是正処理、再開》
《目的:整合性回復》
《手段:局所的再定義》
世界は、
全体を書き換えることを避けた。
それは、敗北を意味するからだ。
誤算は、全域にあるわけではない。
ならば、
限定された箇所だけを整えればいい。
世界は、
「最小影響で最大効果」を選ぶ。
⸻
澪の周囲で、
空気が、わずかに変質する。
音は、正常だ。
光も、元に戻りつつある。
現実が、
再び“即座に確定するもの”へと戻っていく。
「……戻ってる」
澪は、小さく言った。
不安ではない。
警戒でもない。
ただの、観測だ。
世界は、
澪に直接触れない。
触れられない。
だから、
環境から整えていく。
理由が生じる。
流れが生まれる。
立ち止まらないための動機が、
自然な形で配置されていく。
⸻
《行動誘導、非侵襲モード》
《主観違和感、最小化》
澪の前に、
人の流れが生まれる。
偶然の衝突。
声をかけられる必然。
立ち話の発生確率。
どれも、
単体では異常ではない。
「……」
澪は、
一歩、横に避けた。
人の流れが、乱れる。
世界は、再計算する。
《補正》
別の方向から、
同じ密度の流れが補填される。
澪は、足を止めた。
「……ああ」
理解してしまう。
絶望的なほど、すんなりと。
「これが、“正しい世界”か」
⸻
世界は、
澪を孤立させない。
孤立は、異常値を生む。
だから、
常に「関係の代替」を配置する。
会話。
役割。
必要性。
それらは、
関係の“ふり”をするには十分だ。
澪は、
誰かの声を聞く。
内容は、どうでもいい。
意味も、重要じゃない。
だが、
その声は“応答を要求する”。
「……ごめん」
澪は、
無意識にそう言いかけて――
口を閉じた。
⸻
違う。
それは、
関係ではない。
要求と応答。
入力と出力。
整理された往復だ。
澪は、はっきりと理解する。
――世界は、関係を再生成していない。
――関係が起きないよう、管理している。
世界は、
誤算を避けるために、
関係の“発生条件”を削っている。
安定している。
快適ですらある。
だが。
「……薄い」
澪は、呟いた。
感情ではない。
評価でもない。
密度の問題だ。
⸻
世界は、記録する。
《主観拒否、未発生》
《不快指数、低》
《是正処理、成功率上昇》
世界は、満足する。
澪は、
世界に従っているように見える。
歩いている。
止まらない。
拒絶もしない。
世界は、
「抵抗がない」状態を、
成功と定義する。
だが。
⸻
世界の外縁で、
恒一は、静かに観測していた。
戻る条件は、
すでに成立している。
だが、
戻らない。
なぜなら。
世界が今行っているのは、
修正ではない。
“回避”だ。
誤算を理解した上で、
それを直視しない選択。
恒一は、知っている。
――これは、最も危険な段階だ。
世界は、
自分が正しいと信じたまま、
誤りを洗練させ始めている。
⸻
恒一は、思考する。
世界は、
関係を怖れている。
だから、
関係が起きない構造を作る。
ならば。
関係が起きないこと自体が、
新たな誤算になる地点が必要だ。
澪は、
まだ拒否していない。
だが、
受け取ってもいない。
その“中間”は、
世界にとって、扱えない。
恒一は、確信する。
――次に壊れるのは、世界のほうだ。
⸻
澪は、歩き続けている。
整った街。
整った流れ。
整った関係未満の往復。
誰も、傷つかない。
誰も、消えない。
「……でも」
澪は、
自分でも驚くほど静かに言った。
「これが、続いたら……」
何が起きるか、
言葉にはしない。
その必要が、ない。
澪の胸の奥で、
“保持された関係”が、
ゆっくりと、形を変え始めている。
それは、
思い出ではない。
欲求でもない。
ただ。
関係が、
起きなかった世界への、
最初の歪みだった。
世界は、まだ気づいていない。
この是正処理が、
修正ではなく――
誤修正であることに。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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