世界定義の揺らぎ
ここまでお読み頂きありがとうございます。
世界は、初めて「自分自身」を観測し始めていた。
それは、本来起こり得ない挙動だった。
世界は本来、
観測する側であり、
定義する側であり、
前提そのものだ。
自分を対象に含める設計は、存在しない。
だが――
誤算が、そこに穴を開けた。
⸻
《誤算隔離、未完了》
《境界定義、再計測》
《内部/外部区分、揺らぎ検出》
世界は、処理を繰り返す。
だが結果は、毎回同じだ。
誤算は、内部にない。
誤算は、外部にもない。
境界線そのものが、
誤算を含んで歪んでいる。
世界は、理解する。
――隔離しようとした瞬間、
――境界が、意味を失っている。
⸻
澪は、歩いていた。
世界の端に近づいている自覚は、ない。
ただ、
空気の手触りが変わってきているのを感じる。
音が、少し遅れる。
光が、わずかに鈍る。
現実が、
「確定するまでの時間」を持ち始めている。
「……ねえ」
澪は、何気なく言う。
「ここ、変だよね」
返事は、ない。
それでも、
澪は足を止めない。
立ち止まる理由が、
もう、世界から供給されなくなっている。
⸻
世界は、新しい仮説を立てる。
《仮説E:誤算は、個体ではなく過程である》
澪は、誤算ではない。
恒一も、誤算ではない。
二人の間で、定義されないまま進行した“過程”。
それが、
世界の処理をすり抜けている。
だが。
過程は、保存できない。
関係は、静止できない。
世界は、
初めて「時間」を敵として認識する。
⸻
世界の外縁。
定義される前の余白で、
恒一は、まだ動かない。
いや――
動けない。
世界に戻るには、
「戻る理由」が必要だ。
存在理由。
役割。
物語。
だがそれらは、
澪が拒否した。
だからこそ、
恒一は消えなかった。
恒一は、理解している。
――俺は、戻るべきじゃない形で残っている。
必要なのは、
世界に回収されない形での“存在”。
そのためには。
「……世界の因果。疑いようの無い秩序そのものを使うしかない」
声はない。
思考だけが、輪郭を持つ。
恒一は、
世界が最も信頼しているものを思い出す。
因果。
整合性。
一貫性。
世界は、それを疑わない。
ならば。
その前提の中に、
誤算を“必然”として組み込む。
⸻
澪は、立ち止まった。
目の前に、
見えない線がある。
壁ではない。
境界でもない。
ただ、
「これ以上、世界が踏み出したことのない地点」。
「……ここだ」
澪は、確信する。
理由はない。
説明も、できない。
けれど、
胸の奥の“保持”が、静かに震えている。
澪は、一歩、前に出る。
世界が、反応する。
《警告》
《定義未満領域、侵入検出》
《処理不能》
世界は、止まる。
澪は、初めて、
世界が躊躇する気配を感じた。
⸻
「ねえ」
澪は、前を見たまま言う。
「私さ」
「世界の外に行きたいわけじゃない」
「壊したいわけでもない」
一拍。
「ただ」
「関係があったことを、なかったことにしないでほしい」
その要求は、
あまりにも小さい。
だが、
世界には応えられない。
なぜなら。
それを認めた瞬間、
世界は“完結した体系”であることを失う。
⸻
世界は、初めて恐怖を定義する。
《未知:自己非完結性》
完璧であるためには、
誤算があってはならない。
だが、
誤算を消そうとするほど、
世界は自分の限界を露呈していく。
世界は、理解し始める。
――誤算は、敵ではない。
――世界が、まだ閉じていない証拠だ。
⸻
その瞬間。
世界の余白で、
恒一の輪郭が、ほんのわずかに定まった。
声も、姿もない。
だが、
「戻れる条件」が、初めて成立した。
それは、
役割でも、物語でもない。
世界が、
自分の前提を疑った瞬間。
恒一は、
その“揺らぎ”に立脚する。
世界が揺れた分だけ、
存在の足場が、生まれる。
⸻
澪は、息を吐く。
「……動いたね」
誰に言ったのでもない。
世界は、答えない。
だが、
沈黙の質が変わっている。
処理不能だった誤算が、
いま、
世界そのものを変数にし始めている。
世界は、
静かな転換点に入った。
誤算は、
外にあるのではない。
世界の内側で、
世界自身を揺らしている。
そしてその中心に、
澪がいる。
その揺らぎの向こうで、
恒一は、
“戻るための論理”を、
確かに掴み始めていた。
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