表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第二章 誤算の内側

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/44

物語化プロトコル

ここまでお読み頂きありがとうございます。


世界は、遅れて理解した。


上書き不能領域が生じた原因は、

澪の抵抗ではない。


感情でも、意志でもない。


――関係が、未処理のまま存在していること。


それ自体が、異常だった。



澪は、歩いていた。


目的地はない。

選択肢も、指示もない。


それでも、足は止まらない。


街は、静かだった。

人の声はある。

生活の音もある。


だが、そのすべてが、

不自然なまでに「説明可能」すぎる。


理由がつきすぎている。


「……来るね」


澪は、呟く。


返事は、ない。


恒一の声は、

もう、呼べば返るものではなくなっていた。


必要なときにだけ、

“発生する可能性”として、残っている。


それでも。


澪は、分かっている。


――いなくなったわけじゃない。



世界は、処理を再構成する。


切断は失敗した。

上書きも、完全ではない。


ならば。


関係を“存在”として扱うのを、やめる。


世界が選んだのは、

最も古く、最も強力な方法。


――物語化。


《物語構築、開始》


《主観整合性、最大化》


《関係要素、因果列へ再配置》


澪の周囲で、

空気が、ゆっくりと意味を帯び始める。


偶然が、必然になる。

沈黙が、伏線になる。


「……あ」


澪は、足を止めた。


胸の奥が、

わずかに、軽くなる。


不安が、整理されていく感覚。


「……これ」


理解できてしまう。


――私は、特別だった。

――孤独だった。

――だから、彼が現れた。


物語として、

あまりにも、整っている。


「……ダメだ」


澪は、首を振る。


「それは、違う」


だが、世界は止まらない。



恒一の声が、聞こえた。


今度は、はっきりと。


「澪」


声は、以前より近い。

だが――違う。


位置が、定まっている。

距離が、測れてしまう。


“登場人物”としての声だ。


「……恒一?」


振り向く。


そこには、

人の形をした輪郭があった。


顔は、見える。

表情も、分かる。


だが。


「……恒一は」


澪の声が、揺れる。


「そんな顔、してなかった」


恒一は、微かに笑う。


それは、

澪の記憶に最適化された笑顔だった。


「世界が、俺を“説明可能な存在”にした」


一拍。


「関係を、役割に変えた」


澪の胸が、痛む。


「じゃあ、今のあなたは」


「物語上の恒一だ」


恒一は、否定しない。


「澪を導く存在」

「理解者」

「必要な他者」


「……便利だね」


澪は、淡白に吐く。


「そうだ」


恒一は、静かに言う。


「関係は不安定だが」


「役割は、管理できる」



世界が、囁く。


《物語、安定》


《関係要素、因果内包》


《上書き不能領域、解消見込み》


澪の中で、

何かが、滑らかに整列していく。


感情に、理由が付く。

記憶に、意味が付く。


――あの時、彼がいたから。

――だから、私はここにいる。


「……とても楽」


澪は、正直に言った。


「そうだろう」


恒一は、頷く。


「物語は、救いでもある」


「世界も、澪を傷つける気はない」


澪は、目を伏せる。


一瞬、

受け取りそうになる。


この形なら、

誰も壊れない。


恒一も、

消えない。


「……でも」


澪は、顔を上げた。


「それ、“本当の関係”じゃない」


恒一の表情が、揺れた。



「私は」


澪は、ゆっくり言う。


「あなたを、必要だから一緒にいたんじゃない」


「役割があったからでも」


「意味があったからでもない」


一拍。


「たまたま、関係が生じただけ」


世界が、ざわめく。


《因果未接続要素、検出》


《物語安定度、低下》


恒一が、苦しそうに息を吐く。


「澪」


「それを否定したら」


「俺は、存在理由を失う」


澪は、首を振った。


「違う」


「理由がなくても」


「役割がなくても」


一拍。


「関係は、あった」


それは、

物語にとって、致命的な言葉だった。



恒一の輪郭が、揺らぐ。


顔が、少しずつ曖昧になる。


「……世界は」


恒一は、かすれた声で言う。


「物語にできない関係を」


「保持できない」


「知ってる」


澪は、答える。


「でも、」


一歩、踏み出す。


「だからって、偽物を受け取らない」


《物語化プロトコル、失敗》


《再計算、不能》


世界が、初めて混乱する。


物語は、

拒否される前提で作られていない。



恒一の姿が、完全に消える直前。


澪の耳元で、

本来の声が、微かに響いた。


「……澪」


「それでいい」


声は、

役割でも、登場人物でもない。


ただの、関係の残響。


澪は、目を閉じる。


「うん」



世界は、静まり返る。


物語は、成立しなかった。

だが、関係も、消えていない。


上書き不能領域は、

さらに深く、広がった。


世界は、理解する。


――関係を物語にできない存在は、

――もはや、世界の内部では扱えない。


次に選ぶ手段は、一つしかない。


世界そのものの定義を、揺るがすこと。


澪は、歩き出す。


物語にならないまま。

役割を持たないまま。


関係だけを、

胸の奥に残して。


世界が、

最も恐れていた形で。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ