切り離しの試行
ここまでお読み頂きありがとうございます。
世界は、静かに結論へ向かっていた。
澪という未定義存在。
恒一という観測者になってしまった存在。
二つが並ぶことで生じる不安定は、
もはや「誤差」ではない。
――構造上の欠陥だ。
世界は、それを修正しようとする。
破壊ではない。
排除でもない。
分離だ。
⸻
異変は、唐突ではなかった。
むしろ、丁寧すぎるほど自然に始まった。
澪が目を覚ますと、
恒一の気配が、少し遠かった。
「……恒一?」
返事はある。
だが、遅れる。
「……いる」
声が、薄い。
距離の問題ではない。
“重なり”が、減っている。
「何か……変じゃない?」
澪が言うと、
恒一は少し間を置いて答えた。
「始まった」
「何が?」
「切り離しだ」
澪は、息を呑む。
「世界が?」
「ああ」
恒一の声は、落ち着いている。
それが、逆に不安を煽る。
「俺と澪の接続を、弱めている」
⸻
街に出る。
世界は、昨日までと変わらない。
人々は歩き、話し、生活している。
だが――
「……音が、戻ってる」
澪は気づいた。
足音。
風。
会話。
すべてが、澪に対して“正しく”届いている。
「観測が、戻ってる?」
「部分的にな」
恒一が言う。
「世界は、澪を“扱いやすい存在”に戻そうとしている」
「そんなこと、できるの?」
「本来は、できない」
一拍。
「だから、先に俺を外す」
澪は足を止めた。
「外すって……」
恒一は、静かに言う。
「俺が澪を観測できなくなれば」
「澪は、ただの“説明できない違和感”に戻る」
「世界にとっては、その方が管理しやすい」
澪の胸が、ひりつく。
「じゃあ、あなたは?」
恒一は、少しだけ黙る。
「……観測不能対象に関与した記録を」
「世界が、切り捨てる」
⸻
空気が、わずかに震えた。
《観測経路、再構築》
《対象A(未定義存在)、再分類試行》
《対象B(観測逸脱者)、切断準備》
「……もう、始まってる」
恒一の存在感が、さらに薄くなる。
「ねえ、恒一」
「なんだ」
「それ、成功したら」
澪は言葉を探す。
「私たち、どうなるの?」
恒一は、正直に答えた。
「澪は、世界に“回収される”」
「俺は」
一拍。
「世界の記述から、消える」
澪は目を見開いた。
「消えるって……死ぬの?」
「それより、厄介だ」
恒一の声は静かだ。
「最初から、いなかったことになる」
「……それって」
「澪が、俺を思い出せなくなる可能性もある」
胸の奥が、きしむ。
⸻
世界は、優しかった。
だからこそ、残酷だ。
直接壊さない。
争わせない。
ただ、繋がりを無効化する。
澪は、拳を握った。
「……やだ」
声が震える。
「それは、嫌だ」
恒一が、息を呑む気配がした。
「澪」
「私、選ばないって言った」
澪は、はっきり言う。
「役割も、物語も」
「でも」
「関係まで、勝手に処理されるのは違う」
世界が、沈黙する。
《……》
初めての、判断遅延。
澪は、気づいた。
――これは、私の番だ。
「恒一」
「なんだ」
「私さ」
澪は、深く息を吸う。
「初めて、選ぶ」
恒一の声が、わずかに揺れた。
「……何を?」
澪は、まっすぐ前を見る。
「あなたを、手放さないって選択」
空気が、張り詰める。
《警告》
《未定義存在による選択行為、検出》
《因果干渉、発生》
世界が、ざわめいた。
「それは」
恒一が、低く言う。
「澪が、“関係を選ぶ”ってことだ」
「うん」
澪は、頷く。
「物語じゃない」
「使命でもない」
「ただ、繋がりを否定させない」
⸻
世界は、初めて躓いた。
澪は、役割を選んでいない。
だが、関係を選んだ。
それは、世界の想定外だった。
役割は管理できる。
物語は修正できる。
だが――
相互に観測し合う関係は、
切断すれば矛盾を生む。
《切断処理、停止》
《再評価》
《未定義存在、挙動変化》
恒一の気配が、少し戻る。
「……戻ってきてる」
「完全じゃない」
恒一が言う。
「でも、世界は迷ってる」
澪は、静かに笑った。
「なら、いい」
一歩、踏み出す。
「私は、ここにいる」
選ばない存在が、
初めて選んだのは――
世界ではなく、
物語でもなく、
他者だった。
それは、世界にとって
最も制御しづらい誤算。
世界は、理解し始める。
澪は、
ただの未定義存在ではない。
関係を発生させる存在だということを。
そしてそれは、
世界の安定を――
根本から揺るがすものだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。




