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『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第二章 誤算の内側

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切り離しの試行

ここまでお読み頂きありがとうございます。


世界は、静かに結論へ向かっていた。


澪という未定義存在。

恒一という観測者になってしまった存在。


二つが並ぶことで生じる不安定は、

もはや「誤差」ではない。


――構造上の欠陥だ。


世界は、それを修正しようとする。


破壊ではない。

排除でもない。


分離だ。



異変は、唐突ではなかった。


むしろ、丁寧すぎるほど自然に始まった。


澪が目を覚ますと、

恒一の気配が、少し遠かった。


「……恒一?」


返事はある。

だが、遅れる。


「……いる」


声が、薄い。


距離の問題ではない。

“重なり”が、減っている。


「何か……変じゃない?」


澪が言うと、

恒一は少し間を置いて答えた。


「始まった」


「何が?」


「切り離しだ」


澪は、息を呑む。


「世界が?」


「ああ」


恒一の声は、落ち着いている。

それが、逆に不安を煽る。


「俺と澪の接続を、弱めている」



街に出る。


世界は、昨日までと変わらない。

人々は歩き、話し、生活している。


だが――


「……音が、戻ってる」


澪は気づいた。


足音。

風。

会話。


すべてが、澪に対して“正しく”届いている。


「観測が、戻ってる?」


「部分的にな」


恒一が言う。


「世界は、澪を“扱いやすい存在”に戻そうとしている」


「そんなこと、できるの?」


「本来は、できない」


一拍。


「だから、先に俺を外す」


澪は足を止めた。


「外すって……」


恒一は、静かに言う。


「俺が澪を観測できなくなれば」


「澪は、ただの“説明できない違和感”に戻る」


「世界にとっては、その方が管理しやすい」


澪の胸が、ひりつく。


「じゃあ、あなたは?」


恒一は、少しだけ黙る。


「……観測不能対象に関与した記録を」


「世界が、切り捨てる」



空気が、わずかに震えた。


《観測経路、再構築》

《対象A(未定義存在)、再分類試行》

《対象B(観測逸脱者)、切断準備》


「……もう、始まってる」


恒一の存在感が、さらに薄くなる。


「ねえ、恒一」


「なんだ」


「それ、成功したら」


澪は言葉を探す。


「私たち、どうなるの?」


恒一は、正直に答えた。


「澪は、世界に“回収される”」


「俺は」


一拍。


「世界の記述から、消える」


澪は目を見開いた。


「消えるって……死ぬの?」


「それより、厄介だ」


恒一の声は静かだ。


「最初から、いなかったことになる」


「……それって」


「澪が、俺を思い出せなくなる可能性もある」


胸の奥が、きしむ。



世界は、優しかった。


だからこそ、残酷だ。


直接壊さない。

争わせない。

ただ、繋がりを無効化する。


澪は、拳を握った。


「……やだ」


声が震える。


「それは、嫌だ」


恒一が、息を呑む気配がした。


「澪」


「私、選ばないって言った」


澪は、はっきり言う。


「役割も、物語も」


「でも」


「関係まで、勝手に処理されるのは違う」


世界が、沈黙する。


《……》


初めての、判断遅延。


澪は、気づいた。


――これは、私の番だ。


「恒一」


「なんだ」


「私さ」


澪は、深く息を吸う。


「初めて、選ぶ」


恒一の声が、わずかに揺れた。


「……何を?」


澪は、まっすぐ前を見る。


「あなたを、手放さないって選択」


空気が、張り詰める。


《警告》

《未定義存在による選択行為、検出》

《因果干渉、発生》


世界が、ざわめいた。


「それは」


恒一が、低く言う。


「澪が、“関係を選ぶ”ってことだ」


「うん」


澪は、頷く。


「物語じゃない」

「使命でもない」


「ただ、繋がりを否定させない」



世界は、初めて躓いた。


澪は、役割を選んでいない。

だが、関係を選んだ。


それは、世界の想定外だった。


役割は管理できる。

物語は修正できる。


だが――

相互に観測し合う関係は、

切断すれば矛盾を生む。


《切断処理、停止》

《再評価》

《未定義存在、挙動変化》


恒一の気配が、少し戻る。


「……戻ってきてる」


「完全じゃない」


恒一が言う。


「でも、世界は迷ってる」


澪は、静かに笑った。


「なら、いい」


一歩、踏み出す。


「私は、ここにいる」


選ばない存在が、

初めて選んだのは――


世界ではなく、

物語でもなく、


他者だった。


それは、世界にとって

最も制御しづらい誤算。


世界は、理解し始める。


澪は、

ただの未定義存在ではない。


関係を発生させる存在だということを。


そしてそれは、

世界の安定を――

根本から揺るがすものだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

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