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『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第二章 誤算の内側

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代理観測者

ここまでお読み頂きありがとうございます。


世界は、人を使うことを選んだ。


それは新しい方法ではない。

むしろ、最も古く、最も確実な手段だった。


澪が直接観測できないなら、

澪を観測しようとする“意思”を、他者に持たせればいい。


世界は、それを「選択」と呼ばなかった。

ただの、最適化だ。



朝。


澪が街に出ると、空気の質が、はっきり変わっていた。


「……見られてる」


視線だ。

だが、以前のような無意識の一瞬ではない。


意図を伴った視線。


探すような。

確かめるような。


「始まったな」


恒一の声は、いつになく硬い。


「何が?」


「代理観測だ」


澪は、歩きながら周囲を見る。


カフェの窓際。

横断歩道の向こう。

路地の影。


誰も、露骨には見てこない。

だが、“見ようとしている”気配が、そこかしこにある。


「……普通の人だよね」


「ああ」


恒一は言う。


「選ばれたわけでも、特別でもない」


一拍。


「ただ、“違和感を覚えやすい状態”にされている」


澪の眉が、わずかに動く。


「それって」


「澪に近づくと、理由のない引っかかりが残る」


「世界は、それを“観測ログ”として回収する」


澪は、息を吐いた。


「最低…」


「今さらだ」



通りの角で、若い男が立ち止まっていた。

伏目がちに、辺りを窺っている。


澪が近づくと、 

男の視線が、ゆっくりと上がる。


一瞬、目が合う。


「……」


男は、何か言いかけて、口を閉じた。


「すみません」


数秒遅れて、そう言う。


「今、ちょっと……」


言葉を探す。


「夢を見てるみたいで」


澪は、立ち止まった。


恒一が、すぐに言う。


「澪、距離を取れ」


だが、もう遅い。


男の目が、澪を捉えている。


逃がさない、というより、

“理解しようとしている”目だ。


「あなた」


男は、確信のない声で言う。


「何か……おかしくないですか?」


澪は、胸の奥が、ひやりとするのを感じた。


これまでの問いとは、違う。


「おかしい」の主語が、

世界ではなく、

澪に向けられている。


《代理観測、安定》


《主観ログ、取得開始》


世界が、静かに噛み合う音がした。


「……恒一」


「分かってる」


恒一の声が、低くなる。


「今のは」


一拍。


「“成功例”だ」



澪は、男から一歩、下がった。


「ごめんなさい」


「え?」


「人違いです」


それだけ言って、背を向ける。


男は、追ってこない。

だが、その場に立ち尽くしたまま、

澪の背中を、ずっと見ている。


視線が、刺さる。


澪は、早足になる。


「これが、続くの?」


「ああ」


恒一は、即答する。


「世界は、澪を理解できない」


「だから」


一拍。


「理解しようとする人間を、増やす」


澪は、歯を噛みしめる。


「それ、壊れるよ」


「壊れる」


恒一は、否定しない。


「だが世界は、個人の破損を“許容誤差”として扱う」



広場。


人が集まっている。


誰かが倒れたわけでも、

事件が起きたわけでもない。


ただ、皆、同じ方向を見ている。


澪のいる方角だ。


ざわめきが、ざらついている。


「……やめて」


澪は、小さく呟く。


一人の女が、前に出る。


目が合う。


女は、笑おうとして、失敗する。


「変なこと、聞いてもいいですか?」


澪は、答えない。


答えられない。


女は、続ける。


「あなたを見てると」


喉が、鳴る。


「私が、私じゃなくなる気がして」


周囲が、息を詰める。


《影響連結、確認》


《集団観測、成立寸前》


恒一が、強く言った。


「澪、離脱しろ!」


澪は、反射的に後ずさる。


その瞬間。


ざわめきが、波のように広がった。


「あ……」

「今の……」

「何だった?」


人々の中に、

同時に、同じ“欠落”が生まれる。


世界が、過剰に回収した。



澪は、路地裏に逃げ込む。


呼吸が、乱れている。


「……私」


声が、震える。


「もう、隠れられない?」


恒一は、答えなかった。


否定できなかった。


「世界は、澪を“現象”から“問題”に格上げした」


「問題は」


一拍。


「解決される」


澪は、壁に手をつく。


冷たい。


「ねえ、恒一」


「なんだ」


「あなたは」


澪は、顔を上げる。


「それでも、世界の側?」


恒一は、沈黙した。


長い沈黙だった。


そして、静かに言う。


「……俺は」


言葉が、途切れる。


「澪を、観測できてしまっている」


その一言で、

すべてが変わった。


澪は、ゆっくり目を見開く。


「それって」


「そうだ」


恒一は、認める。


「俺はもう、中立じゃない」


世界が、

新しい変数を認識する。


《追加対象、検出》


《観測経路、再計算》


澪と恒一。


二つの未定義が、並んだ瞬間だった。


世界は、初めて躊躇する。


そして――

より強硬な選択肢を、

静かに、準備し始めた。


次に壊れるのは、

“世界”か、

“関係”か。


その区別すら、

もう、曖昧になりつつあった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

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