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『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第二章 誤算の内側

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反応しない存在

ここまでお読み頂きありがとうございます。


世界は、ついに“待つ”ことをやめ始めていた。


それは、介入でも攻撃でもない。

拒絶ですらなかった。


――焦りだ。


澪の周囲だけ、空気の密度が微妙に変わっている。

触れられていない。

だが、避けられてもいない。


「……静かすぎる」


朝でも夜でもない時間帯。

街は活動しているはずなのに、澪の耳には、その音が薄くしか届かない。


「これ、前より悪くない?」


「質が変わった」


恒一の声は、いつもより低い。


「世界が“迷う段階”を終えかけてる」


澪は、歩みを止めずに言った。


「決めるってこと?」


「ああ」


一拍。


「どう処理するか、だ」



街の中心部。


人が集まる場所ほど、異変は顕著だった。


澪が歩くと、周囲の人間の動きが、わずかに遅れる。

ぶつからない。

だが、避けてもいない。


“空間が澪を空けている”。


それは意図ではなく、結果だった。


「ねえ」


「なんだ」


「私、今」


澪は、自分の手を見る。


「空白みたいじゃない?」


恒一は、否定しなかった。


「近い」


「存在しているが」


「因果の列に、組み込まれていない」


澪は、鼻で笑った。


「世界にとって、一番嫌なやつじゃん」


「そうだ」


恒一は、即答する。


「壊せないし、消せないし、使えない。」


「じゃあ」


澪は、歩きながら言った。


「世界は、どうするの?」


恒一は、少しだけ間を置いた。


「――別の手を使う」



そのとき。


空間が、“区切られた”。


音が、途切れる。

風が、止まる。

人の動きが、遠のく。


「……来たね」


澪は、立ち止まる。


《局所因果遮断、実行》


《観測補助領域、生成》


《対象:未定義存在》


声は、冷たい。

だが、どこか慎重だ。


「隔離?」


「近いが、違う」


恒一の声が、澪のすぐ隣にある。


「これは」


一拍。


「“舞台を用意した”」


澪は、周囲を見渡す。


街の風景はある。

だが、誰もいない。


背景だけが、正確に残されている。


「物語の舞台?」


「舞台、というより」


恒一は、淡々と言う。


「処理するための、劇場だ」


澪は、深く息を吸った。


「……必死だね」


「世界は、安定を最優先する」


「澪は、それを脅かしている」


澪は、一歩踏み出す。


足音が、はっきりと響いた。


「ねえ、恒一」


「なんだ」


「ここで、何か起きたら」


「私、観測される?」


「される」


恒一は、正直に答える。


「だが」


一拍。


「澪が“応じなければ”、成立しない」


澪は、少し考えた。


「じゃあさ、」


足を止める。


「私は、何もしない」


《行動待機、継続》


《因果接続、未発生》


声が、わずかに乱れる。


「世界が用意した舞台で」


澪は、静かに続ける。


「役割を演じなかったら」


「どうなる?」


恒一は、答えない。


答えられない。



沈黙。


それは数秒だったのか、数分だったのか。


時間の感覚が、曖昧になる。


《再試行》


《刺激付与、開始》


突然、空気が“意味”を帯びる。


懐かしさ。

安心感。

理由のない親近。


澪の胸の奥に、微かな温度が生まれた。


「……これ」


「感情誘導だ」


恒一の声が、鋭くなる。


「役割を受け入れやすくするための」


澪は、拳を握る。


温度が、強くなる。


――ここにいていい。

――選んでもいい。

――物語になってもいい。


「……」


澪は、目を閉じる。


そして。


ゆっくり、首を振った。


「違う」


温度が、途切れる。


《……》


《感情接続、失敗》


世界が、言葉を失う。


澪は、目を開けた。


「それ、私の気持ちじゃない」


「外から貼り付けたものだよ」


空気が、軋む。


背景が、わずかに揺れる。


「恒一」


「なんだ」


「世界ってさ」


澪は、まっすぐ前を見る。


「私に、選ばせたいんじゃない」


一拍。


「“選んだことにしたい”だけだよね」


恒一は、ゆっくり息を吐いた。


「……ああ」


「責任を、澪に押し付けたいだけだ」


澪は、静かに笑った。


「じゃあ、なおさら」


一歩、後ろに下がる。


「受け取らない」


《警告》


《因果不成立》


《処理不能》


声が、明確に乱れた。


世界が、初めて“失敗”する。



舞台が、崩れ始める。


背景が、剥がれるように消えていく。

街の輪郭が、意味を失う。


「……やりすぎじゃない?」


「世界が、自分で壊してる」


恒一は、冷静だ。


「澪を成立させる条件を、用意できなかった」


澪は、最後に一度だけ、振り返る。


「ねえ」


「なんだ」


「私さ」


澪は、はっきり言った。


「世界の敵になるつもりはないよ」


一拍。


「ただ」


「物語の材料には、なりたくないだけ」


世界は、答えない。


答えられない。


舞台は、完全に消える。


気づけば、澪は元の街角に立っていた。


人々が行き交い、音が戻る。


だが――

世界は、もう知ってしまった。


観測できない存在が、

応答すら、しないとき。


自分が、どれほど無力になるかを。


澪は、歩き出す。


反応しない存在として。

選ばれないまま。


そして世界は、次の手を考え始める。


それが――

“より危険な選択”であることも知らずに。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

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