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『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第二章 誤算の内側

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物語を拒む側

ここまでお読み頂きありがとうございます。


澪は、歩いていた。


目的地はない。

だが、足取りに迷いはなかった。


人通りの少ない路地を抜け、住宅街の端へ向かう。

朝の街は昨日と同じ顔をしているのに、どこか“薄い”。

存在の輪郭だけが、一段階削られている。


色はある。

形もある。

けれど、存在感だけが妙に軽い。


「……やっぱり、変だ」


独り言は、空気に溶ける。


返事はない。

それでも――


「聞こえてる?」


澪は、問いかける。


「聞こえてる」


少し遅れて、声が返る。


位置は特定できない。

背後でも、隣でも、頭の中でもない。


それなのに、

“そこにいる”と分かる。


「……歩いても平気?」


「今のところはな」


恒一の声は、前よりも輪郭が曖昧だ。

だが、その分、距離の概念が薄れている。


「俺は、どこにでもいられる代わりに」


一拍。


「どこにも、いない」


澪は、言葉を選びながら歩く。


「それ……怖くない?」


「怖いかどうかで言えば」


少し考える気配。


「慣れると、静かだ」


「何も、要求されない」


それは、救いなのか。

それとも、失った結果なのか。


澪には、まだ分からない。



大通りに出たところで、澪は歩みを止めた。


向こう側には、学舎へ向かうらしい若者たちが集まっている。

皆、似た仕立ての服を着て、道の様子を窺っていた。


誰かが冗談めいた声を上げ、誰かが笑う。

だが足は、まだ前に出ない。


道を渡る合図を告げるものはない。

それでも、彼らは「待つべき時」を知っている。


誰も、澪を見ていない。


正確には、

“視界に入っているのに、意味として処理されていない”。


「ねえ」


「ん?」


「私、今……」


澪は、自分の手を見る。


「ちゃんと、映ってる?」


「映ってる」


即答だった。


「でも、“引っかからない”」


「引っかからない?」


「ああ」


恒一の声が、淡々と説明する。


「視界に入る。情報としては存在する」


「でも、記憶に残らない」


澪は、背筋が冷える。


「それって……」


「昨日までの、俺と同じだ」


違いはある。


「俺は、世界から切り離された」


「澪は、世界の“網”をすり抜けてる」


「捕まえるための網だ」


「……網」


「均衡を保つための認識構造」


恒一は、続ける。


「世界は、全てを把握しようとはしてない」


「把握できる範囲だけを、把握してる」


澪は、ゆっくり理解する。


「私は……その範囲の外?」


「外側に、押し出され始めてる」


押し出される。


その言葉は、優しくない。


「……戻れる?」


澪は、思わず聞いてしまった。


返事が、少し遅れる。


「戻ること自体は、可能だ」


「でも」


澪は、歩みを止める。


「でも?」


「戻るってことは」


恒一の声が、低くなる。


「“呼ばれる”ってことだ」


澪は、息を止めた。

胸の奥で、何かが冷たく固まる。


呼ばれる。

名前を与えられ、

役割を割り振られ、

世界に組み込まれる。


「……じゃあ」


澪は、視線を上げる。


「今の私は、まだ選べる?」


「選べる」


その言葉には、迷いがなかった。


「だから、危険だ」



街の端。

古い公園に差し掛かる。


遊具はあるが、使われていない。

ベンチには、誰も座っていない。


「ここ」


澪は、足を止めた。


「また、理由は分からないけど」


「分からなくていい」


恒一が言う。


「今の澪は、“分かる必要がない”」


澪は、苦笑する。


「それ、便利なのか不便なのか……」


「両方だな」


公園の中央。

小さな広場に立つ。


風が、少し強い。


「……ねえ、恒一」


「なんだ」


「世界は、今どうしてる?」


質問は、率直だった。


「困ってる」


即答。


「処理できない誤差が増えてる」


「私と、あなたのせい?」


「主に、俺のせいだ」


恒一は、淡々と言う。


「澪は、まだ“結果”だ」


「俺は、“原因”」


澪は、唇を噛む。


「それ、納得できない」


「だろうな」


「だって」


澪は、強く言う。


「私がいなかったら、こんなことには――」


「それ以上は、言うな」


恒一の声が、初めて鋭くなる。


澪は、言葉を止めた。


「原因を一つにまとめるのは」


少し、間を置いて。


「世界が、安定の為に選択やり方だ」


「俺たちは、違う」


澪は、深く息を吸う。


「……ごめん」


「いい」


恒一の声が、元に戻る。


「まだ、世界の癖が残ってるだけだ」



そのとき。


空気が、わずかに震えた。


澪は、直感的に分かる。


――来た。


《均衡監査》


声が、降りてくる。


昨日とも、今朝とも違う。

もっと、無機質で、輪郭が多い。


一つではない。


「……複数?」


澪が、低く呟く。


「そうだ」


恒一の声も、緊張を帯びる。


「世界が、本気で確認しに来てる」


《未定義存在、検出》


《誤差集合、拡張確認》


《再分類、開始》


澪の周囲で、

空間が“測られる”感覚が走る。


重さ。

位置。

存在確率。


「……見られてる」


「数えられてる、より厄介だな」


恒一が言う。


「今度は、“当てはめよう”としてる」


「何に?」


「役割に」


澪の喉が鳴る。


「それって……」


《例外候補、抽出》


《暫定役割案、生成》


空気が、重く沈む。


「澪」


恒一の声が、はっきりする。


「聞け」


「うん」


「今から、世界は」


一拍。


「お前に“物語”を与えようとする」


澪は、目を見開く。


「物語……?」


「意味づけだ」


「理由と、立場と、終点だ」


澪の胸が、ざわつく。


「それって……」


「楽だ」


恒一は、静かに言う。


「でも」


澪は、息を詰める。


「その瞬間、選択肢は消える」


沈黙。


世界の監査が、進む。


澪は、拳を握りしめた。


「……じゃあ」


声は、震えていない。


「拒否したら?」


恒一は、答える。


「世界は、もっと強く来る」


「でも……」


澪は、前を見る。


「まだ、終わってないんだよね」


一拍。


「誤算は」


恒一は、微かに笑った。


「ああ」


「まだ、内側だ」


世界の監査が、

一瞬、止まる。


《……》


まるで、

予期しない入力を受け取ったかのように。


澪は、深く息を吸う。


「じゃあ」


呼ばない。

名付けない。


それでも、確かに意思を込めて。


「私は、まだ選ぶ」


空気が、張り詰める。


世界は、

再び――

計算を、始めざるを得なかった。


誤算は、

まだ消えていない。


そして、

消える気もなかった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

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