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『名前を失う前に、世界が壊れ始めた』  作者: 久遠かける
第二章 誤算の内側

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誤算の輪郭

ここまでお読み頂きありがとうございます。

本話から第二章となります。



世界は、翌朝になっても正常に見えた。


空は青く、雲は流れ、街は動いている。

人々は名前を持ち、目的を持ち、予定通りに歩いている。


――だからこそ、違和感は隠しようがなかった。


澪は、目を覚ました瞬間にそれを感じ取った。


「……静かすぎる」


宿の一室。

窓の外から聞こえるはずの雑音が、薄い膜を一枚隔てたように遠い。


音はある。

だが、意味が伴っていない。


まるで、世界が「続いているふり」をしているだけのようだった。


「……恒一?」


呼びかけは、喉で止まる。


――呼ばれるな。


昨夜の最後の言葉が、まだ胸の奥に残っている。


澪は、唇を噛みしめた。


代わりに、視線を巡らせる。


部屋は変わらない。

机、椅子、壁、影。


けれど。


「……いない、のに」


“気配”だけが、そこにあった。


恒一が座っていた場所。

何もないはずの空間が、わずかに歪んでいる。


視線を向けると、

そこだけ、背景がうまく繋がらない。


「……残ってる」


澪は、確信する。


世界から削られたはずの存在が、

完全には消えていない。



一方、恒一――だったものは。


自分が「どこにいるのか」を、即座には理解できなかった。


いや、正確には。


“どこ”という概念が、うまく機能していなかった。


床はある。

壁もある。

だが、それらは「場所」として結びつかない。


ただ、形として存在しているだけだ。


――これが、記録存在か。


思考は、まだ保たれている。

感情も、完全には失われていない。


だが、それらを支える「名前」が、ない。


名前がないということは、

自分を呼び出す座標がないということだ。


世界は、恒一を見ていない。

だが、完全にも消せていない。


処理は、未完了だった。


「……中途半端だな」


声に出したつもりだったが、

音として成立しなかった。


代わりに、思考の揺れが、空間に滲む。


その瞬間。


《均衡再確認》


唐突に、冷たい感覚が走る。


だが――

いつもの声とは、違っていた。


《対象:未定義》


《分類不能》


《誤差領域、拡大中》


「……誤算、か」


恒一は、理解する。


自分は今、

世界の帳簿に存在しない。


だが、帳簿の外側で、確かに“動いている”。


管理者は、これを想定していない。


「だから、処理できない」


世界は、

“選択された存在”と

“処理対象”しか扱えない。


そのどちらでもないものは――

定義できない。



澪は、宿を出た。


人混みに紛れるためではない。

今回は、逆だ。


人の少ない場所を選ぶ。


なぜなら、

人が多いほど、世界は“正しく振る舞おうとする”。


今は、その外側に行く必要があった。


路地裏。

朝の光が、届ききらない場所。


「……ここ」


澪は、立ち止まる。


理由は、説明できない。

だが、足が勝手に止まった。


「……いる、よね」


呼ばない。

名前も使わない。


ただ、存在を“前提”として語りかける。


すると。


空気が、わずかに歪んだ。


「……ああ」


今度は、確かに“届いた”。


澪は、息を呑む。


「……話せるの?」


「話せてる、らしい」


恒一の声は、少し遠い。

だが、確実にそこにあった。


「完全に切られたわけじゃない」


「じゃあ……」


澪は、言いかけて、止まる。


期待してはいけない。

それは、また世界に“定義”される行為だ。


「……大丈夫?」


その問いだけを、残した。


「大丈夫じゃない」


恒一は、正直に答えた。


「でも、悪くもない」


澪は、眉をひそめる。


「それ、どういう……」


「世界の“正しさ”が、見えなくなった」


恒一は、続ける。


「代わりに、歪みが見える」


澪は、背筋が寒くなるのを感じた。


「歪み?」


「ああ」


恒一の声が、わずかに低くなる。


「澪」


名前を呼ばれていないのに、

自分が指されたと分かる。


「ここから先は、」


一拍。


「世界が、物語を用意していない場所だ」


澪は、ゆっくりと頷いた。


「……じゃあ」


彼女は、静かに言う。


「一緒に、誤算でいよう」


その言葉に、

空気が一瞬、凍りついた。


《均衡再計算》


《未定義領域、拡張》


《警告:予測不能》


世界が、初めて――

はっきりと“困惑”を示した。


恒一は、微かに笑った。


「それが、最善かもな」


澪は、答えない。


ただ、前を向いた。


呼ばれない存在と、

名前を失った存在。


二つの誤算が、並んで歩き出す。


世界の内側で。

世界の想定の、さらに内側で。


物語は、静かに次の段階へ進み始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見など頂けますと、とても励みになりますので宜しければ是非お願い致します。

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